【週刊ハンガンネット通信】第137号 (2015年2月2日発行)

「あなたはバイリンガルですか?」

松﨑真日

もう十数年前のことですが、大学院の授業で二重言語教育をテーマにした授業を受けたことがあります。

その最初の授業で、先生が私に対し「あなた自身をバイリンガルだと思うか」という質問をされたことをよく覚えています。バイリンガルであるかどうかを問うこの質問は意表をつくもので、どう返事をしたらよいものか大変戸惑いました。答えに窮した挙句、私の韓国語は決して母語レベルではないからバイリンガルとはいえないと判断し、「違うと思います」と答えました。

先生はその答えを聞くと、一瞬がっかりした表情をされました。私の答えはどうやら先生が期待していた答えとは違っていたようでした。

その後、先生から説明があったのですが、外国語のレベルについて議論はあるけれども、2つの言語を操ることができればバイリンガルと言えるのであり、「母語レベル」というのは必ずしも条件にはならないということでした。

そういうことであれば、すでに韓国で大学院に通っていた私はバイリンガルだということができます。

バイリンガルということば自体が英語由来の外来語だからでしょうか、私にとってバイリンガルという存在は別世界に暮らす人たちのようにイメージされていました。

例えば、幼少時に英語圏で育ち英語をペラペ~ラと話すことができ、私の知らない文化を持った人たちといったイメージです(私が田舎育ちのため、テレビかどこかで見たようなステレオタイプなイメージです)。それから、ちょっとしたあこがれとうらやましさが混じり、まぶしさが伴います。

バイリンガルについてそんなイメージを持っていた私は、先生の質問に対しそれほど口数も多くない自分をバイリンガルではないと判断したのです。

さて、バイリンガルということばを二重言語話者ということばに置き換えると、また印象が違ってくるように感じます。馴染み深い漢字から二つの言語を使うことができる人といったニュアンスが伝わってきます。

すると日本にも実に多くの二重言語話者がいることに気づきます。このメールをお読みになっている先生方は二重言語話者でしょうし、教室には二重言語話者のレベルにある学習者もいることでしょう。コンビニ等で流暢な日本語で応対してくれるアルバイトの外国人も二重言語話者です。バイリンガルはわれわれの周囲にもたくさんいて、特別な存在ではありません。

またこれらの事例からは外国語を学んだ先に二重言語話者があるということもわかります。外国語をはじめて学ぶとき、二重言語話者になるというところまではなかなか想像ができないようにも思うのですが、外国語は学び続けると二重言語話者にまで到達することができるようです。実際私たち韓国語教員も、かつて韓国語であれ日本語であれ、学習を経験して二重言語話者になったわけです。

となると、韓国語学習の先に韓国語バイリンガルを設定することは、(学習者が望むなら、また中・長期的な学習期間が設定できるなら)実現可能な目標であるとも思われます。

かつて自分が韓国語や日本語を習得した道程を振り返りつつ(青春を懐かしみながら!)、目の前の学習者が韓国語を自由に、また自在に使えるようするには、どの道を進めばよいか(どのような教育方針で行くか)、音声・語彙・文法などの栄養補給は適切か、コース周辺(文化)は視野に入っているかなど、いろいろ考えながら学習の過程と課程を考えることは楽しい作業になりそうです。

単語をいくつ覚えるとか、何級に合格するとかというのも目の前のハードルを明確にするという意味で短期的な目標になりますが、韓国語学習の中期的、長期的な目標として二重言語話者になることを意識することは、教員と学習者が大きな絵を共有できるというメリットになりそうです。

ところで、私自身について二重言語話者とは言えるのですが、バイリンガルだというのは憚られます。まぶしさが問題のようです。