通信221 発音について考えてみた(2)

【週刊ハンガンネット通信】第221号  2017年2月27日発行

発音について考えてみた その2

伊藤耕一 (個人指導)

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先週の宮本先生の通信を読み、改めて発音について考えさせられました。

以前にもこの通信で発音について書いたことがありますが、これまでに私は入門講座を担当することが多く、発音は甘めに教えることが多かったです。

宮本先生の通信に対し、高麗さんの投稿がありましたが、「日本語を母語とする発声器官の人が朝鮮語発音に対応するにはやはりある程度意識的な訓練練習が必要です。」には、そのとおりだと思いました。

お2人の通信と投稿を拝見し、感じたことを書いてみます。

「日本語には5つの母音しかない」ことになっています。

が、実際の日常生活では相当数の母音(音声学的に見てですが)を発音しているのではないかと思います。
ただ、それを細かく区別しないがために5つだと思い込んでいるのではないかと思います。
日本人に韓国語の発音を教える時、困難を引き起こす原因のひとつは、この日本語で普段発音している母音であるような気がします。
また、「ひらがな」「カタカナ」が日本人の発音に大きな影響を及ぼし続けてきたのでは、とも感じます。
「ひらがな」「カタカナ」は「一つの文字に原則としてひとつの発音しか当てはめない」かつ「当てはめられた発音は『ん』を除いて子音と母音がセットになった文字」という、世界中の言語でも特異な表音文字だと思います。

その一方で、視覚的に音を認識できる利点と、複数の音を一つの音に押し込んでしまう欠点の両方をはらんでいるとも言えます。

日本語の母音とカナが日本人の韓国語発音に悪影響をもたらす原因ではないかと考えたのは、NHKのある番組を見てからです。

日本語の教育の歴史でもこの発音の問題は明治時代から意識されていたそうで、初等学校で最初に習うかなは「い」「え」「す」「し」であったとのことです。
発音記号で書くと/i/と/u/と/e/の発音が昔の日本では地方によって相当に異なっていたようで、この音の違いを最初に教えていたようです。

現在でも東北弁にその名残があるのですが、「し」と「す」はかなり近い音として私には聞こえます。

その番組では、明治時代の初等学校の授業風景を再現したドラマを流していました。

場面は1年生の教室で、先生が発音して、生徒がそれに続いて発音練習するというものでした。
そこでは、「いす」の「い」と「えだ」の「え」はほとんど同じ音で発音されていました。
読む方(先生と生徒)は違う音として認識しつつ発音しているものの、聞く方(私)にはほとんど同じ音で聞こえるという不思議な光景でした。

生徒が「い」と「え」をほとんど同じ音で発した言葉に対して先生が「うまく発音できた」と褒めているというドラマの場面でした。

これを見て私は「日本人は異なる形の文字を見て発音すると、発音された音にほとんど違いはないのに、当の本人は明らかに異なる発音をしたと認識するのではないか。」という仮説を考えました。

視覚的に明らかに異なる文字(例えば「い」と「え」)を発音したのだから、発した言葉は当然ながら明らかに異なっていると思い込んでいるのでは?

もうひとつ、発音指導を通じて発見したのは音が似ているあいまいな音(例えば、”의” “이” “위” )を「音を区別してそれぞれを安定的に発音できる(”의” は “의”、”이” は “이”)」生徒と「同じ文字なのにその都度異なる音で発音してしまったり(”의” を “이” など) 、異なる文字なのに同じ音で発音してしまったりする(”의” も “이” も “이” など)」生徒がいることです。

英語で比較すると分かりやすいかと思いますが、アメリカ英語とイギリス英語では同じスペルの単語が異なって発音されます。
単語と発音記号で書いてみます。Aはアメリカ英語、Bはイギリス英語です。

cop A /kɑp/ B /kɒp/
(参考)http://lingorado.com/ipa/ja/この場合、子音と子音に挟まれた”o”の音を安定的に/ɑ/と発音する限り、聞き取る方はその音を頼りに単語を類推できますが、これが/ɑ/となったり/ɒ/となったりして不安定になると、音を頼りにした単語の類推ができず、通じないという現象につながります。余談ですが、日本人の英語が通じにくい原因のひとつがこれで、日本語的にはイギリス英語で発音した方が発音しやすい(例えば “cop” は「コップ」)のに、英会話レッスンなどを受けてアメリカ英語で “cop” を「カップ」と発音することを覚えてしまうと、”cup” と “cop” が同じような発音になってしまい、通じにくくなると思うのです。
映画の ”Robocop” は「ロボコップ」ですよね。
(参考)https://middle-edge.jp/articles/I0002518日本人は特にこの「ɒ,ɑ,ʌ,ɜ,ə」など、アともオともウとも聞き取れるような母音を全てアという文字で表現しようとするがために、先ほどの仮説が成り立つのではないかと思っております。

韓国語ではこれが “어” と “오”、”우” と “으”、”애” と “에” の発音などに影響して、うまく発音できないことにつながるのではないでしょうか。
しかもカナの影響を受けて、異なる文字を読んでいるのだから、当然ながら異なる発音をしていると本人は思い込んでいると思うのです。

私が韓国語を教えていた頃、よく話をしたのはこんなことです。

「イチロー選手がスーパープレーを連発できるのは、キャッチボール、ゴロやフライの捕球、近距離と遠距離の送球など、野球のすべての基本動作が完璧にできるから。複数の基本動作を組み合わせると捕球~送球が素早くできるようになってスーパー捕殺につながる。

発音も同じで一つ一つの基本の音を完璧に覚えれば、複数の音を組み合わせてもうまく発音できるようになって、早口でも通じる言葉を話せる。発音練習して口が疲れるのは、日本語で使っていない顔の筋肉を使うから。だから基本の発音をしっかり練習して口の筋肉の動きを脳に覚えさせましょう。」

私の経験からは、高麗さんがおっしゃる「発音器官に着目した発音練習」は、日本人の韓国語学習者には有効であるように思います。

皆さんが実践している発音練習などで、これは効果的というものはあるでしょうか?
もしあったら、教えていただきたいと思います。

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