通信245 私の韓国語講師奮闘記15: 学んだ韓国語を活用できている? 宮本千恵美

【週刊ハンガンネット通信】第245号 (2017年9月18日発行)

私の韓国語講師奮闘記15: 学んだ韓国語を活用できている?

宮本千恵美

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最近知り合いから韓国語を習っていると言う1人の生徒さんと知り合いました。

その生徒さんは60歳以上のお年でありながら、この年でこんなに語学にはまったとは自分でびっくりするくらいだと話しながら、自分がどれほどはまっているのかを私に話してくれました。

以前自分の生徒の中でも御歳70歳オーバーの方がいたぐらいなので、学習者の年齢の幅も広いと感じます。

その出会った生徒さんは、私と出会えたことを非常に喜んでいました。

何故かと言うと、それは韓国語を話せる相手ができたからだと言うのです。

教室の先生は韓国人講師らしいので正直申しますと、私よりはネイティブと話すチャンスがあるとは思うのですが、どうも授業の内容的なものが合っていないのか、何か未消化的な感覚がある様子。

何よりも話さないと上達しないと思っているらしく、使うことにとても渇望していました。

確かに教室だと他の生徒さんもいるので、自分だけが話し続けるのは難しいとも思います。

私自身も教えながらではありますが、ふと感じることがありました。

殆どの教室は週に1度通う程度で、日本で韓国語を使う頻度は皆無に等しい。

ドラマをたくさん観ているとしても、言葉のキャッチボールはできない。

言葉を使う環境とは程遠いのが今の日本の語学の現状ではないかと思うのです。

そして私自身も生徒達の学習意欲の向上の一環として、またレベルチェックとしてテストを進めてはいました。

しかし試験を重視しすぎて、本来語学を何のために学ぶのだろうかと思ってしまいます。

何のために語学を学ぶのかということに対しての答えは、人それぞれ思いや考えがあったとしても目的は1つなのではないかと思うのです。

「海外ドラマDVD英語学習法: 日本で、自宅で、一人で、ここまでできる!」(著者: 南谷三世)

この書籍の中に語学を学ぶ目的を明確に記してありました。

―何より大事なのは、相手に通じる英語を使うことです。英語は日本語を理解しない人と意思の疎通を図るための道具なのですから、相手に通じなければ意味がないのです。―

せっかく学んでいる語学を使うことができない・・・この生徒達の悩みに私も答えたいのですが、これは本当に難しい問題だと思います。

先日民団のお祭りに参加させていただいた際にも、生徒達に目の前に居る韓国の人たちに話しかけてみてはどうかと促しました。

しかし日本人特有の間違えたらどうしよう意識が働き、全く話せない・・・授業を活かす場があっても活かしきれていません。

生徒側の意識も変わらないと、学んだことを活かすことは難しいと感じました。

私は今は講師をお休みしておりますが、たまに学習者から悩みを聞くことがあります。

話したくても話せない、話すことが恥ずかしいなど、お悩みに対して先生方はどのように解答されているのかお聞きしてみたいです。

通信244 評価について 寄田晴代

【週刊ハンガンネット通信】第244号 (2017年9月14日発行)

評価について

寄田晴代

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楽しい夏休みも終わり、新学期の始まりと共に、私の職場では先日定期試験がありました。

返されたテストを見て一喜一憂する経験は、誰しも持っているのではないでしょうか。
そこで、今回は「評価」について書いてみます。
まず、評価の元になる試験ですが、作成する段階から、毎回悩みます。
その人の実力が鮮やかに反映されて、なおかつ採点が簡単な試験が作りたいのですが、なかなかうまくいきません。
韓国語に限った話ではありませんが、そもそも試験とは、学習したことがどれくらい理解できたか、定着したかを確認するという役割が大きいでしょう。
学習者自らが 、自分の足りない部分に気づき、これからより良くなるために作戦を立てる材料となるものになってほしい。
そう思って試験を作っているのですが、点数さえわかれば、試験問題の解説には関心のない学生がいるときは残念な気持ちになります。
また、試験をすることによって、教える側にも大きな気づきがあります。
伝えたつもりが、きちんと伝わっていなかった。違う解釈をされていた。説明も練習もしたはずなのに定着率が悪かった。
それらの結果を「学生の不勉強」の一言で済ませるのは簡単ですが、教える私も、これを元に次の作戦を立てなければなりません。
学期ごとの評価は、私は、定期試験の点数と平常点(小テスト・出席・提出物・授業参加)を 合わせて判断します。
市民講座などでは、学習者に対して試験や評価がないところもあるかもしれません。
学習者にも教える側にも気づきを与えてくれる「試験」は、学習を活性化させるものだと思うのですが、「試験」と聞くだけで嫌になり、韓国語学習が楽しくなくなる人もいるでしょう。
ゲームのように楽しみながら、学習到達度が測れる方法があればいいですね。ご存知の方、教えてください。
「評価は学習者を支援するものでなければならない」と目白大学の中川先生(ちょうど9月17日の朝鮮語教育学会例会で発表されますね)が発表でおっしゃった言葉に、なるほど、と思いました。(何の発表だったか覚えていません。すみません)

通信243 オンライン授業 金英う

週刊ハンガンネット通信】第243 201794日発行)

 オンライン授業

 韓教室 

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안녕하세요

   2회에  마에다 선생님, 하타노 선생님 (web) 수업   데요,   대해  지고  라고 니다.

저도 3-4 전에  수업 려고  적이 있어요.

그때는  수업 초기 비용이 너무 많이 들어서 저처럼영세학원에서는 엄두도   정도였습니다.

발신용 특수 기계도 설치해야 하고  료도 해서 포기했.

  마에다 선생님의 통신을  인터넷에서 검색해니까  아주  가격으로  수업이 가능하게 됐다는  알았어요.

3-4 전의 가격과는 릿 2 정도 달라졌고()특수 기계도 설치할 필요도 없어졌네요!

리고     .

래서  자가      돼서    네요.

 한달 동안 무료로 체험을 제공하는 곳도 .

,   시간의 제약 있지만.

최근에는 학습자들의 요구가 다양화 되고 있다는  많이듣습니다.

 에도   ,       아요.

  데요.

이런 면에서  수업은 미력적인 수업 형태라고  있겠지요.

바쁜 현대인의 생활에 맞추어 한국어 수업 형태도 시대의변화에 맞추어 나가야   같아요.

 학습자가 () 우러 찾아   교실이() 학습자의 형편에 맞추어 찾아 가야  대로 뀌고 다고 니다.

  추어,  교실에서  수업  수업   다양 수업 형태를 준비해   다고 .

通信242 果敢に新しいことにチャレンジする必要性 幡野泉

【週刊ハンガンネット通信】第242号 (2017年8月28日発行)

果敢に新しいことにチャレンジする必要性

アイケーブリッジ外語学院 幡野泉

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前号の前田先生の「オンライン授業は高段の技術が必要」を拝見しました。

オンラインのグループレッスンは当校でもたまに検討事項として挙がってはきたものの、やはりネットのトラブルや操作のこと、オンライン授業ならではのコツなど、

考えれば考えるほど難しそうで、二の足を踏んでいました。果敢にチャレンジされ、
且つ高水準の授業を提供される前田先生に敬意を表します。

ミレさんのオンライン授業紹介ページで、前田先生がサンプルとしてアップされているグロービス大学院は、約10年前、数カ月ほど単科授業を受けたことがあり、ちょうど動画で講師をしている先生に習っていました。

このときは通学でしたが、最近はオンラインの授業も盛んに紹介されていて、興味を持っていました。

とても良いシステムのようですので、前田先生が導入、お勧めするのも納得がいきます。想像ですが、スカイプのような無料のツールより、安定した運営ができそうな気がします。

8月27日に「メアリの会」で、ライブ研究授業を行われたのですよね。とても興味がありますし、このオンライン授業システムのことも知りたいです。

ずっとその場にとどまるのは簡単なこと。でも、「無理」「難しい」と思わずに、学校も、講師も、果敢に新しいものを取り入れ、開拓していかないといけませんね!

通信241 オンライン授業は高段の技術が必要 前田真彦

【週刊ハンガンネット通信】第241号 (2017年8月21日発行)

オンライン授業は高段の技術が必要

ミレ韓国語学院

前田真彦

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ミレ韓国語学院では、オンライン教室を実施しています。

オンライン教室とは、複数(ミレの場合は最大10名)の受講生とPCやスマートフォン・タブレットなどを通してグループレッスン(一斉授業)をすることです。

ミレでは今年7月から導入して、実施しています。

http://mireonline.wp-x.jp/

オンライン授業ならではの難しさがあります。オンライン授業の改善に向けて、8月27日の「メアリの会」では、オンライン教室のライブ研究授業(変則活用の基礎)を実施します。(受講生の募集は締め切りました)

http://mire-k.jp/mearinokai.htm

オンライン授業の問題点など、いくつか紹介します。

オンライン授業の指導は一言で言ってしまえば、教室授業と同じですが、授業者には教室授業以上の技術が要求されます。

授業の構成、活動の指示、ポイントの説明など、教室授業より明確でなければ、オンラインだと伝わりにくい要素があります。

80分授業で、何をどこまで、どういう風にする、という明確な計画がなければできません。そして、10人を一斉に活動させて、公平に個人指導もしていかなければなりません。

機器の扱いに習熟することはもちろん、教室授業以上に、さまざまな神経を配る必要があるのです。

カメラの位置、角度、明るさ。音声の聞こえ方など適切かどうか、常に神経を配りつつ調整する余裕が必要になってきます。

また、突然つながらなくなった場合などのトラブルにも臨機に対応できる技術が必要です。

教室授業で場数を踏んで、発音にも文法にも自分なりのスタイルができてこそ、オンライン授業ができるようになります。

教室授業がまともにできないのにオンライン授業ができるはずがありません。

オンライン授業は目に見えるものが限られている(画面に映る受講生の顔)ため、受講生の学習状況を機敏に察知し、つまずきの要素をあらかじめ見抜き、実態に合わせて説明の仕方を変える繊細さが、教室授業以上に要求されます。

韓国語教育の地方格差を減らし、学習の機会を増やす方法として、今後もオンライン授業の研究に邁進していきます。

通信240 授業研修がいま熱い! 阪堂千津子

【週刊ハンガンネット通信】第240号 (2017年8月8日発行)

授業研修がいま熱い!

阪堂千津子

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学校の教員が休みに入る7月末から8月は、研修シーズン。

やることは山のようにありますが、やっぱり研修は楽しい!

今回はこの夏、私がこれまでに行ってきた研修についてご紹介します。

まず、7月週末に「めやすマスター」1泊2日のワークショップに行ってきました。第2言語習得論をベースに考えられた「5×5」という教授法のワークショップです。

「5×5」とは学習者に教師が語彙や文法を、単純に提示するところから学習者自らが学習したことを応用できるまでの過程を5レベルに分けて段階的に教えていく教授法です。

セミナーではまず、理論的基礎となる第2言語習得論と「5×5」の講義を聴いたあと、グループごとに分かれてそれぞれ「5×5」を基礎にした授業案を作成しました。

スペイン語、フランス語、日本語、韓国語、などの言語別にわかれてグループワークを行いましたが、韓国語チームは参加者が多く、2チームになりました。教授法に対する韓国語の先生方の関心が、どれだけ高いかがわかりますね。

ところで、授業案は2日がかりでやっと完成できました。

最初はこんな教案に時間をかけずにさっさと説明したほうがわかりやすいのでは、と思いましたが、実際に自分で「5×5」でスペイン語やフランス語を学習してみて、なるほどここまで丁寧にやってもらって初めて理解できるのだという学習者の気持ちが納得できました。教師は自分ができるから、つい簡単だと思いがちですね。

このセミナーのキーワードは「明示的」と「暗示的」だったように思えます。

今回、何度も強調されたのは、

学習者にたいする「はしごがけ(順序だったステップづくり)」です。学習者が自分の能力を駆使して自ら「発見」できるように、語彙や文法は時間をかけて「暗示的」に教えなければならない、ということです。

どうしても教師は一方的に「明示的に」与えたくなりますが、結局のところ、与えられた知識は持続しません。単語も文法も、十分なインプットを与えられてはじめてアウトプット、つまり使用することができるのです。

しかし、実際の教室は時間やカリキュラムなど制約が多いので、そうした環境の中でどれだけ今回の教授法が実現できるか、というのが今後の課題だと思いました。

もう1つは「獲得型教育研究会」の主催する夏季特別セミナーです。

「獲得型教育」とは簡単に言うと、

①「学習者が全身で学ぶ場を提供」し、

②与えられたのではなく自ら知識を獲得していく「自律的学習者となるよう援助する」教育で、

③「数々のアクティビティを通して行う」授業のこと、です。

こちらは100人を越える現場の先生(や学生さん)があつまって、実際に体を動かしながら理解するワークショップが行われました。

私は初心者向けの「ウォーミングアップ70の技法」と「インタビューからプレゼンテーションへ」というワークを選択しました。

「インタビュー」のほうは、1人をインタビューし、そこで聞いたことをドラマで再現したり、レポート番組仕立てにして発表する、というワークショップです。インタビューの切り口によって内容が違ってくるので、他人の表現のしかたを学ぶことによって、より多角的な視野を獲得することができるようになります。

それにしても皆さん教員のせいか、即興力、表現力がものすごい!あっという間に課題をこなしてしまうのです。自分の表現力や融通性のなさを実感した1日でした。

あ~、もっと勉強しないとな~

研修では、他のセミナーで顔を合わせたことのある先生方も結構いらっしゃいました。縦断的にこうして知り合いに会えると、なんだか仲間意識が芽ばえて、喜びも2倍になりますね。

まだまだ9月まで研修シーズンは続きます。

普段と違って、平日の朝から開かれているセミナーも多数あります。みなさんも暑い夏に自宅にとじ込まらず涼しい研修室で新しい出会いと熱い時間をすごしてみてはいかがですか。

間違いなく、次の日の授業から、変化が生まれますよ!

 お知らせ

先日、立命館で行われる「めやす評価」のセミナーの案内をさしあげましたが、似たようなセミナーが告知されました

*「見える評価」で授業が変わるさら

アクティブラーニング型授業に使えるルーブリックを用いた見える評価を具体的に学ぶ

・9月3日 10時から15時まで、渋谷で行われます。

・講師 藤牧朗先生(目黒学院)。・5000円(ペア参加だと500円OFF!)

「見える評価」とはパフォーマンス評価のことも取り上げられるのではないかと思いますが、詳細は「一般社団法人 Teachers Lab.」で検索してみてください。

通信239 AIの音声認識と文字認識 伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第239号 (2017年7月31日発行)

AIの音声認識と文字認識

伊藤耕一

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アップルのiPhoneに搭載されている「Siri」に代表される音声認識システム、この性能の高さはスゴイと思っています。
また、マイクロソフトのWORDに代表される文書作成ソフトの文字認識システムも、同じ助詞が続いた時の注意喚起や、スペルミスの指摘など、こちらの性能も素晴らしいと思っています。

AI(artificial intelligence 人工知能)の音声認識と文字認識を比べると、どちらの性能が高いか? 皆さんはそんなことを考えたことがあるでしょうか?

個人的には「文字認識の性能の方が高い」と思い込んでいましたが、先日ある事象に出くわし、その認識が覆されてしまいました。今では「音声認識の性能の方が高い」と考えるようになりました。

どうしてそのように考えるようになったのか、今回の通信では書いてみたいと思います。

先日、仕事中に、ある文書をWORDで作成していました。内容は自分の業務を他の人に引き継ぐための説明です。

当初はこんな形で書き始めました。

○○資料作成業務について
・これは月例△△会議のために必要であり、会議の3日前までに作成し、上司に原案を提出すること。
・様式は□□ファイルに保存してあり、これを参照のこと。
・これまで作成したエクセルファイルのファイル名の先頭には20170807のように作成日を表示している。(後日の検索が容易になる)
・会議には同席し議事録を取ること。

こんな感じで「~である」体で書き始めました。箇条書きが多かったので、こちらの方が良いと思ったわけです。

数ページ書き進めて読み返してみると、「~である」体特有の「上から目線」「硬さ」「不親切さ」を強く感じたため、やっぱり「~です、~ます」体にしようと思いました。

こんな時に便利なのがWORDの文字置換機能で、次のように条件を指定して変換してみました。
「ること」⇒「てください」「のこと」⇒「してください」「なる」⇒「なります」「いる」⇒「います」「あり」⇒「あるので」
日本語の文法を考えながら、このように変換すればうまく行くはずと思ったわけです。

ところが、変換結果にとても驚くこととなりました。どんな文章になったと思いますか?

○○資料作成業務について
・これは月例△△会議のために必要であるので、会議の3日前までに作成し、上司に原案を提出すてください。
・様式は□□ファいますに保存してあるので、これを参照してください。
・これまで作成したエクセルファいますのファいます名の先頭には20170807のように作成日を表示しています。(後日の検索が容易になります。)
・会議には同席し議事録を取てください。

驚きの結果のひとつめは「提出すること」が「提出すてください」となったことです。私の置換指示に忠実に従ってはくれましたが「サ行変格活用」までは分からなかったようでした。

ふたつめは「ファイル」が「ファいます」となったことです。これには思わず笑ってしまいましたが、これも私の置換指示にある程度忠実に従ってくれた結果でした。
ひらがなの「いる」を「います」に変換したかっただけだったのですが、カタカナの「イル」まで「います」に変換してくれたのです。

これは、文字変換でありながらも「実は音声変換がAIの中で行われている」のだという発見につながりました。

みっつめっは「取ること」が「取てください」となったことです。こちらも私の置換指示に忠実に従った結果ですが、「撥音便の活用」にまでは置き換えることができなかったようです。

文字認識機能の開発の歴史の方が長いと思っていたので「こんなことが起こってしまうのか!」という驚きが大きかったのですが、これに比べると音声認識機能の方がはるかに優秀だなと私は思いました。

文字認識機能を持つ「電子辞書」、音声認識機能を持つ「スマートフォンのアプリケーション」、どちらも学習者が使うものですが、このような道具の利点と欠点を知っておくと、より効果的な学習と指導につながるのではないかと今回の体験から感じたわけです。

電子辞書をどのように使えば調べたい単語にたどり着くことができ、適切な活用方法の参考例を導き出せるか、このようなことは指導する私たちが踏まえておいた方が良いのではないかと感じました。

一方、音声認識の精度はかなり向上したとはいうものの、元々の音声の文法が正しくないと正しい翻訳結果が出なかったり、微妙な発音の違いで意図した翻訳結果が出なかったりすることがあります。

もしかしたら、今の学習者はこのような道具を駆使して宿題をこなしているのかも知れませんが、間違った翻訳結果がどのような経緯で生み出されたのか、紙の辞書で勉強した世代の私には想像も及ばない経緯があるような気がしてきました。

今回は偶然にもこのようなことを考える機会に出会いましたが、作文指導の際には答えの裏側にある経緯にも注意を払うようにしよう、そんな気持ちになる出来事でした。

通信238 アジア・ブックマーケット 吉川寿子

【週刊ハンガンネット通信】第238号 (2017年7月27日発行)

アジア・ブックマーケット

吉川寿子

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梅雨明けでいよいよ全国的に夏本番ですね。

高校や大学で教えていらっしゃる先生方も夏休みを迎えられたことと思います。

我が家では小学校6年生になる息子の通知簿を、どっちに似たんだろう??と夫婦で責任転嫁し合いながらの夏休みスタートとなっております。夏休みは家族で過ごす時間も増えますので、先日参加した家族で参加できる楽しいイベントのことを書こうと思います。

5月末、大阪の北加賀屋という場所で「アジア・ブックマーケット」というイベントが開催されました。このイベントは日本、韓国、台湾、香港の独立書店さん(例えば教保文庫などの大手書店ではなく、個人で運営しながら出版も行い、本に関する多様な文化イベントを行っている書店)が集まって、国ごとにブースを区切ることなくそれぞれの作品を展示販売するというイベントでした。

日本では東京神保町で出版社も兼ねて運営されている チェッコリさんをイメージしていただければわかりやすいと思います。

ブックフェアといえば、東京やソウルでも行われていますが、このようにアジアの国が集まって、しかも垣根なくパワフルに同居しているイベントというのは、例がなかったらしく、若いクリエイターの熱気あふれるイベントとなりました。

もちろん、ただ席を同じくするだけでなく、お互いのよさを尊重しながら連携することで、文化的に相互交流しつつ発展していく道を今後模索してこうという目標を掲げて、初回を終えました。

出版経験もない私ですが、ありがたいことにこのイベントで韓国語の通訳を探しているという依頼をチェッコリさんから頂きましたので、イベントの前夜祭も含めて3日間、韓国からのゲストスピーカーの方が出席する座談会の通訳として参加しました。

恥ずかしながら、私も今回の通訳のお仕事を通じて初めて知ったのですが、ソウルでは出版不況からこのような独立書店がとても増えていること、独立書店ごとにそれぞれカラーを出しながら共存していこうとしていること、日本の出版業界も似たような傾向が見られるので、ゆくゆく韓国型のモデルを辿ることになるのではないか、というお話が興味深かったです。

イベントでは、独立書店や出版物の話はもちろんですが、書店めぐりをメインにした個人旅行プラン等も楽しく紹介されていて、参加者にとても好評でした。個人的には絵本など、これ素敵だなと手に取った本の著者の方が売り場にいらしたので、直接お話できたり写真を一緒に撮ってもらえたのが楽しかったです。

ここ数年、渡韓する日本人観光客が減少していますが、ドラマのロケ地巡りだけでなく、書店を中心としたソウルツアー等も企画、提案する本なども出版されていますので、韓国語学習者にはまた新しい楽しみ方として提案してもいいのかもしれないと感じました。

ハンガンネットには、韓国語教育のパイを広げるという役割もあるので、それをどう実践していくか模索しているところではありますが、韓国語を学習しているからこそ楽しめる書店巡りツアーの提案や、訳してみたい本に出会えたり、作者さんと触れ合える機会を作るというのも、学習モチベーション向上に効果があるのではないかと思います。

加えて、日中韓3か国のブースをウロウロしていて個人的に感じたことは、韓国書籍の装丁のレベルの高さでした。装丁がよければ手に取ってもらえる確率が確実に上がりますし、そこに興味深い内容があれば、その内容を読みたくなります。

韓国語は日本語よりも接続や語尾表現が豊かなので、子ども向けの絵本といえども中級文法が必要になりますので、学習欲も上がるのではないでしょうか。韓国語の原書が身近にあれば、翻訳したい学習者も増える気がしますし、より深い交流や相互理解につながると感じます。

ちなみに、このイベントはブックマーケット以外にも家族で楽しめるお祭りのようになっていて、カレーの出店や似顔絵屋さん等もあり、最後までとても賑わっていました。今年は初回であり、私も要領を得なかったのですが、来年以降も大阪で開催されるようでしたら、もっと事前にお知らせしたいと思います。

では、暑さ厳しき折ではございますが、会員の先生方も楽しい夏をお過ごしくださいませ。

通信237 私の韓国語講師奮闘記14:講師のあり方(2) 宮本千恵美

【週刊ハンガンネット通信】第237号 (2017年7月17日発行)

私の韓国語講師・奮闘記14:講師のあり方(2)

宮本千恵美
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毎日茹だる様な暑さの中、皆様どうお過ごしでしょうか?

九州地方は壊滅的な被害を受けています・・・胸が痛くなる映像になんとも言えない気持ちになります。

この時期になると、台風やそれに伴う災害の恐れや、熱中症など体調不良などもありますので、皆様ご自愛下さい。

講師を離れてからも、私自身が韓国人ではない=韓国語が母国語ではないので、維持のために映画やドラマを鑑賞したり、SNSの日韓のコミュニティールームで交流したりしています。

最近、その中でも韓国語講師をしてます!と書かれている記事を目にします。

日本の方で韓国で活動されているとか、メディアにも取り上げられている、とにかくいろいろな活動をしていると。

同じ講師として興味があり、たまに流れてくる記事を読んでおりました。

私的に講師として大切なのは、真摯たる態度だと思っています。

派手に飾り立てることや過大に宣伝するよりも、教える内容のほうがもっと大切なのではと思うのです。

勿論、その講師の方も一生懸命なのかもしれませんが、私でも分かる位の文法の間違いや、その記事を見る韓国の人たちにさえ、

文法のミスや何を言いたいのか分からないと指摘されているなどを見ると、正直韓国語をもっときちんと学ぶべきなのでは?と思ってしまいます。

それは私がまだ講師を始めたときと同じで、自分も学習者だったから教えられるだろうと思ったのかもしれません。

また間違った韓国語を話していても、韓国でそれを指摘されてなかったら、それで大丈夫と思ってしまうのかもしれません。

私たちが外国の人たちが話す日本語が多少おかしいと思っても指摘しないように、これくらいのミスはあって当然と思ったり、相手に頼まれない限りいちいち直してあげようとは思わないはずです。

でもそれが仕事となればそう思っては駄目なはずで、韓国語をもっと多くの人に教えてあげたいと思うならば、真摯たる態度で自身がその言葉をもっと勉強すべきだと思うのです。

以前に発音のことで意義を呈したことがありますが、こればかりはやはり個人差がとも思ってしまいます。

また慶熙大学では上級まで学んだときに先生に、上級の文法になると教師の主観が入ってくるので、教え方も変わってくると言われたことがあります。

そのような意見の相違に関しては私自身の考え方や教え方と違ったとしても、1つの意見として受け止めたり飲み込めたりできるのですが、初歩的なミスは講師としてはどうなのか・・・?と・・・

またこれはよくお目にかかったことなのですが、スペルを間違って書く韓国人講師もたくさんいました。

日本人の生徒さんたちは優しいのか言えないのか、スペルミスを見つけても言わないし、言わないから相手の講師も分からない。

先生を傷つけるからと言いますが、それは違うと思います・・・でも日本人・・・間違っているとわかっていても言えないですよね。

私は自分の先生から、英語の単語をハングル表記するときは自分の思ったままに書いては駄目だと指摘され、注意をされる前からそれは実践していました。それが講師としての責任だと思っていたからです。

生徒からしてみればそれは当たり前のことだと思いますし、もし間違ったりしてもきちんと間違いを改める姿勢も必要だと思います。

また私のように日本人でありながら外国語講師をしていると、生徒の疑問すべてに対応できないときがあります(特に文化に対する質問など)。

「語学を学ぶということは、その国の文化を教えることだ」

この言葉を聴いたときにまさにそのとおりだと思いました。

なのでどうしても答えられないときは適当には答えず、生徒たちには必ず次回までに調べてきます!と返答します。

それがその言語に対する責任だと思っています。

以前に通訳案内士法の改正の記事を見たときも今回と似たような感情になりました。

画気的だと感じましたし、多くの人が挑戦しやすくなるとは思いましたが、あまりにも何でもかんでも承認してしまうことに懸念を感じてしまいます。

ただ規制をかけることなどが難しい問題だとも思っています。

簡単に自分の納得する答えが見つかる訳ではないのですが、何か改善できる方法とかないかと常に頭を回転させている毎日です。