通信570「N잡러」 加藤慧

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【週刊ハンガンネット通信】第570号(2026年2月18日発行)
「N잡러」加藤慧
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陰暦でも新年を迎えましたが、2026年の新たな挑戦として、年明けから週に2日、日本語学校に出講しています。コロナ前に日本語教育能力検定試験を受験し、対面とオンラインのプライベートレッスンで日本語も教えてきましたが、教壇に立つのは初めてのことです。また、非ネイティブ講師として間接法中心で教えてきた韓国語と違って、ネイティブ講師として直接法で教えるのも初めての経験です。

はじめはこうした違いに戸惑いもありましたが、基本的な授業の進め方は共通する部分も多いため、相乗効果でどちらの仕事にも活かせる学びを得られています。非ネイティブ講師とネイティブ講師、それぞれの視点から見えてくるものもあります。

また、日本語の構造や文法についての学びは、翻訳の仕事をする上でも強みになっています。

私が韓国語講師を始めるきっかけとなったのは、韓国留学中の言語交換でした。これが難しくも楽しく、帰国したら韓国語も教えてみようかな、と思ったのがすべての始まりです。その意味では原点回帰とも言えます。

いずれまた韓国の方に日本語を教えられたらとも思っていますが、現在の学生さんたちの出身国はネパール。簡単な挨拶や単語などを教わったり、文化について話してもらったりするうちに語学オタクの血が騒ぎ出してしまい、4月からは東京外国語大学のオープンアカデミーでネパール語を受講することにしました。

実はこれまでネパールという国について意識することはほとんどありませんでしたが、考えてみればコンビニや飲食店、そして見えないところでもたくさんのネパール人の方々にお世話になっているわけですし、すぐそばで日本の社会をともに生きる仲間です。互いの言語や文化についても理解を深めつつ、サポートし合っていけたらと思っています。

気づけば 3잡러 になってしまいましたが、〝ことば〟というキーワードを中心に、楽しみながら3本の軸のバランスをとっていきたいです。

通信569「冬季オリンピック」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第569号(2026年2月11日発行)
「冬季オリンピック」伊藤耕一
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冬季オリンピックが始まりました。
ソウルオリンピックがきっかけで韓国語を勉強してみたいと思った自分のように、イタリア語を勉強してみたいと思う人もいるのだろうなと思いながら観ています。
当時、テレビでハングルで書かれた国名のプラカードを見て「どうやって読むのだろう?」と思ったのが私が韓国語を勉強してみたいと思った一番のきっかけでした。

学生の頃、半年だけイタリア語を習ったのですが、イタリア語でも同じような疑問を持ちました。

「アルファベットをどうやって読むのだろう?」
例えばイタリア語で日本と韓国と中国はこのように表記されます。
日本:Giappone(ジャッポーネ)
韓国:Corea(コレア)
中国:Cina(チナ)

基本は「ローマ字読み」と習いましたが、例えば「Co」は「コ」、「Ci」は「チ」と読むことに最初は戸惑いました。

日本語のか行・ちゃ行・が行・じゃ行の各音をイタリア語で表記すると次のようになります。

cachicucheco
チャチュチェチョ
ciaciciucecio
gaghigughego
ジャジュジェジョ
giagigiugegio

同じアルファベットを使っても後ろの母音によって子音の発音が変わることを興味深く思いました。
これを見て、言語は音が先にあってその音に文字を当てはめたのだなと認識したことを思い出しました。

また、韓国語と日本語では「同じ漢字」を使う語彙がたくさんあり、発音から漢字を類推してその意味が分かることがよくあります。
初めて聞く単語でも前後の文脈から類推して分かることもあります。
語彙や発音で日本語⇔韓国語⇔中国語間で関連する単語の性質のようなものを、イタリア語⇔英語間で感じたことがあります。

例えばこのような単語はイタリア語と英語の間の関係性を示唆し、イタリア語と英語を結びつけることができます。

英語イタリア語意味発音
machinemacchina機械マッキナ
longlungo長いルンゴ
citycitta都市チッタ
perfectperfetto完全なペルフェット
numbernumero番号ヌメロ

「どうしてこのように単語が似ているのか?」と当時先生に尋ねたことがあります。
似ている単語のほとんどは、ラテン語由来の単語であることが理由だと説明を受けました。
昔のヨーロッパは「ローマ帝国≒今のイタリア」が中心地で、ローマから周辺の国々に言葉が伝わって行ったとの説明でした。
これは、昔の東アジアで中国から周辺の国々に言葉が伝わって行ったのに似ています。

テレビを見ながら、時々聞き取れるイタリア語に耳を傾けながらオリンピックを楽しみたいと思います。

通信568「研鑽しようという気持ちは尊い」アイケーブリッジ外語学院 幡野泉

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【週刊ハンガンネット通信】第568号(2026年2月2日発行)
「研鑽しようという気持ちは尊い」アイケーブリッジ外語学院 幡野 泉
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ミレ韓国語学院の前田真彦先生よりご案内がありましたが、次回ハンガンネットセミナーは、「ワンポイント リレーレッスン」です。前田先生がお作りになったセミナー案内の画像を添付しました。具体的な10個のテーマが書いてありますので、ぜひご覧ください。

まずは、我こそはと講師役に手を挙げてくださった先生方に心から敬意を表したいと思います。自身の教える技術を最大限高めようというお気持ちがあるからこそ、ご担当いただけるのでしょう。

前田先生がおっしゃるように、人の授業を見るといろんな気づきがあります。でも、言うは易し。自分はどうかというと、自分は完璧な授業をしているつもりでも、客観的に見てもらうと思いもよらない指摘を受けたりして、そして大抵はそんな指摘は受けたくなくて……、なるべくこのような機会を回避しようとしてしまうものです。

私も講師養成講座や勉強会で受けた指摘は、思いもよらない意外なことが多かったりしてそのときはうまく飲み込めなくても、あとになって「あ、なるほど」と思うことが多々ありました。

当校は韓国人ネイティブの先生を募集することが多いのですが、比較的、ネイティブの先生方は韓国語が母語であるというプライドがあり、面接時に行う模擬授業で、こちらが気付いた点(日本語話者は、そう説明すると分かりにくいんですよ、など)などをお伝えしたときの反応はまちまちです。大抵は、多かれ少なかれ、拒否反応のようなものを示すことがあります。

でもそれでも、「自身の教える技術を最大限高めようという気持ち」が見え隠れすれば、その後、建設的な関係を築いていけるものです。

こんな偉そうなことばかり言う私は、2/22のセミナーは、講師役をかって出る勇気がなく、観覧をさせていただきますが、先生方にお会いできるのを楽しみにしています。
どうぞよろしくお願いします。

通信567「安聖基スーパーマンは今も心の中を飛んでいる」ミレ韓国語学院 前田真彦

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【週刊ハンガンネット通信】第567号(2026年1月26日発行)
「安聖基スーパーマンは今も心の中を飛んでいる」ミレ韓国語学院 前田真彦
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韓国の国民的俳優、安聖基が今年1月5日74歳で亡くなった。1970年代以降、韓国の映画界にはなくてはならない存在で、コミカルなものからシリアスなものまでどんな役柄でもこなし、画面には不思議と人情味がにじみ出ていた。

僕が安聖基を知ったのは、『コレサニャン』(鯨とり・1984年作品)が最初だった。勉強にも恋愛にも失敗した大学生のピョンテ(金哲秀=ミュージシャン)が、売春宿に売られた失語症のチュンジャ(李美淑)と出会い、チュンジャを故郷に送り届けようと売春宿から連れ出す。そうはさせじとヤクザの一味が追いかける。逃亡の途中で偶然出会った乞食の親分ミヌ(安聖基)の機知に助けられながらピンチを切り抜け、ついには故郷にたどり着く。途中ピョンテの捨て身の行動に心の殻を破る力を得たチュンジャが言葉を取り戻す場面は感動的だ。題名となっている「コレ」(鯨)は、何かとてつもなく大きなものという意味で使われている。ダメダメ大学生のピョンテが、ミヌ、チュンジャとの出会いを通して人間に対する信頼と、人生に立ち向かっていく勇気を得る成長物語だ。私が見た韓国の映画で今でもベストワンだ。

その後私が、中学校の国語教師として奉職することになった建国中学校(在日韓国人を中心にした民族学校)の3年生の期末テスト後の比較的自由に授業ができる期間を利用して次のような特別授業を実施した。『コレサニャン』の字幕付きビデオを見せて、<『コレサニャン』が日本で初めて一般映画館で公開上映されると仮定して、君たちを宣伝スタッフに任命する>という授業だ。クラスを4~5人の班に分けて、タイトルの付け替え、パンフレット作製、15秒CMの作製、最後は各班の発表会で締めくくるというもの。1995年の実践だ。

ピョンテが傷つきながらも少しずつたくましく成長していく姿、笑いと涙、冬の韓半島を横断する場面展開の速さ、そして何より、全体を温かくユーモラスに包み込むミヌのおおらかな愛情が、中学3年生の心も大きく揺り動かした。韓国人として、この映画を日本の人にもっと見てもらいたいという自尊心もくすぐったのかもしれない。生徒たちは夢中になって取り組み、楽しいポスターやパンフレットを完成させ、発表会も感動的だった。

当時の在日韓国人の中学3年生には、自分が韓国人であることを肯定的にとらえる材料が少なかった。そんな中で、『コレサニャン』は、「韓国にも自分とよく似た青年がいて、傷つきながらも一生懸命生きている」「いざという時は助けに来てくれるアジョッシもいるんだ」と自分と重ね合わせ、韓国をはじめてポジティブにとられることができたのではないか。

タイトルの付け替えで印象的だったのは『韓国のスーパーマンがやってきた』というもの。ポスターの真ん中には、ボロのマントをひるがえした安聖基が、二人の若者の上を飛んでいた。30年前の取り組みだから、彼らももう45歳だ。カッコいいスーパーマンではなく、ボロをまとってよろよろ飛ぶ安聖基スーパーマンが、今も彼らの心の中を飛んでいるはずだ。

通信566「講師と生徒」日下隆博

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【週刊ハンガンネット通信】第566号(2026年1月19日発行)
「講師と生徒」 ワカンドウ韓国語教室 日下隆博
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私が昨年からオープンマイクと呼ばれるライブハウスなどの飛び入りステージに立つようになって10か月ほどが経ちました。これまで40回ほどのステージを経験し音楽を通して様々な人と知り合う機会も得ています。

その中で時に、普段はボーカルレッスンの講師やボイストレーナーをしているという方に出会うこともあります。「ボーカルを教える仕事もしていますので気軽に問い合わせてみてください」とステージで自己紹介する方もいます。

人に歌を教えて対価を得ている人のボーカルということで当然その人のボーカルは期待して聞くわけですが、一般のカラオケ好きな人ほどもうまくないボーカルだったりすることがあります。

そこでふと、流ちょうに韓国語会話ができなかったり韓国語の発音が韓国人のように聞こえない韓国語講師の顔が数人頭に浮かびました。

なるほどボーカルの世界でも同じことがあるのだな、と感じます。

本人の歌唱力は二の次で、教えるプロとしての何らかの力量を備えているのだろうと想像します。

ある日、そんなボーカル講師主催のパーティーに誘われ参加したことがありました。

パーティのカラオケコーナーでは参加者がカラオケを披露しました。特にうまくもない歌唱が次々と披露されていきます。その時、歌唱者を紹介する際に「ボーカル講師の生徒」だということが明かされていきます。

そこではたと、講師の教える力量にも疑問符がわいてきました。

生徒のうちひとり歌が上手な人がいました。驚いたのは、その人にボーカル講師が「先生と一緒に歌いましょう」とデュエットしたところハーモニーはいまひとつで講師が生徒の歌を台無しにしていたことでした。また生徒もありがたく講師とのデュエットに臨んでいるように映りました。

このことで考えたことは、こうした先生に習い続けている生徒の、講師を見極める目というのは、ほぼ盲目状態なのではないかということでした。

音楽の交流の場で、思わず講師と生徒について考えてみる機会を得た形となりました。

通信565「アンソンギさん、ありがとう」田附和久

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【週刊ハンガンネット通信】第565号 (2026年1月16日発行)
「アン・ソンギさん、ありがとう」田附和久
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私が朝鮮語を学び始めた1980年代は、今と違って韓国から日本へ旅行で訪れる人も少なく、インターネットもなかったので、生きた朝鮮語に触れるのにはずいぶん苦労させられました。

そうした中でたいへんありがたかったのは、当時、池袋のサンシャイン60にあった韓国文化院で毎月行われていた無料の韓国映画上映会でした。15分ほどの短編文化映画が上映された後、毎月1本、娯楽作品が上映されていました。小説原作の作品、メロドラマ、戦争映画など、さまざまなジャンルの作品を通して、言語だけでなく、日本と異なる韓国の文化や習慣についても多くを学びました。やがて、上映される多くの作品にたびたび登場する、個性的な俳優の存在に気づくようになりました。そう、それがアン・ソンギさんでした。

多くの追悼記事が伝えるように、80年代の韓国映画はまさにアン・ソンギの時代でした。僧侶、浮浪者、インテリ、野球監督など、作品ごとにまったく異なる役柄を演じているのには、いつも驚かされました。

私は、批評ができるほどの映画ファンではないので、ただただ強い印象を受けたということだけで80年代アン・ソンギ作品のベスト3を挙げるとすれば、

3位 안개마을(韓国の土俗的な闇を描いた怖い作品)
2位 깊고 푸른 밤(忘れられない悲しいラストシーン)
1位 고래 사냥(「カクソリタリョン」と「ナドヤガンダ」が、いつでも元気にしてくれる永遠の青春映画)

という順位になるでしょうか。

そして番外で、공포의 외인구단。チョン・スラが歌うテーマ曲をバックに、イ・ボヒの笑顔が浮かんできます(イ・ボヒといえば、무릎과 무릎 사이というアン・ソンギさんとの共演作もありました)。

私は一度だけ、実際にアン・ソンギさんに会い、言葉を交わすことができました。1987年だったでしょうか。池袋西武にあったスタジオ200という小さなスペースで韓国映画祭が開催された際、トークショーとサイン会が行われたのです。彼が韓国外国語大学で学んだことを知っていた私は、サインをもらうときに「私も外国語大学の学生で、今、朝鮮語を学んでいます」と話しかけると、ちょっと驚いたような表情を浮かべながら、にこりと微笑み返してくれました。

当時、苦労して鑑賞した彼の出演作は、今ではインターネットの動画サイトでその大半を見ることができます。先週、彼の訃報を聞いてから、上に挙げた80年代の彼の代表作を探し、何編か見直してみました。あんなに感動した作品でも、長い歳月が流れ、ほとんどあらすじも忘れてしまっていたものが大半でした。

でも、キム・スチョルの音楽やチョン・スラの歌を耳にし、イ・ボヒやチャン・ミヒ、イ・ミスクといった女優たちの魅力的な表情を見ると、40年前の若かりし青春の日々に一気にタイムリープさせられました。

74歳という享年は、今の時代ではとても若く、もうアン・ソンギさんの新しい作品を見ることができないと思うと、ただただ悲しいです。

でも、彼の命は尽きても、彼の作品はこれからも残り続けます。フィルムに遺した彼の演技は、これからも多くの人を魅了し続けることでしょう。

私も、まだ見ていない比較的最近の作品を探して鑑賞したいと思いますし、80年代の彼の作品を知らない方には、ぜひ若き日の彼の代表作をご覧いただければと思います。なぜ彼が「国民の俳優」と呼ばれるのか、きっとわかると思います。

アン・ソンギさん、ほんとうにありがとうございました。

【生徒役募集!】ハンガンネットセミナー リレーワンポイントレッスン ― 韓国語講師のための実践型セミナー ―

ハンガンネットセミナーは、韓国語講師を対象とした学びと交流の場です。
今回は、複数の講師がリレー形式で短時間のワンポイントレッスンを行う実践回を実施します。

その実践のため、Zoom上でレッスンを受けてくださる「生徒役」の方、または観覧のみで参加される方を募集します。

レッスン形式
1)ワンポイントレッスン:全10本
2)1レッスンあたり:約7〜10分
3)複数の講師がリレー形式で担当します

レッスン内容(予定)
1)日本人の苦手な激音・濃音・어の発音のコツ
2)いろんな「겠」の世界 ― 用法整理
3)「더니」の基本
4)ㄹパッチムの発音トレーニング
5)日本語と意味がずれやすい漢字語
6)理由表現(-아/어서, -(으)니까, -기 때문에)の使い分け
7)貼り紙から学ぶリアルな韓国語
8)初中級で押さえたい外来語
9)並列表現「고」と「아/어서」の使い分け
10)連体形の作り方

参加方法
① 生徒役として参加
・Zoom上で講師のレッスンを実際に受けていただきます(発話あり)
・最大3講座まで、生徒役として参加可能です
・生徒役として参加しないレッスンは観覧できます

② 観覧のみで参加
・生徒役にはならず、レッスンを見学します(発話なし)
・すべてのレッスンを観覧できます

※このセミナーの主対象はあくまで「講師」ですが、生徒役として参加される方にとっても、さまざまな講師のワンポイントレッスンを受けられる貴重な機会となります。

開催概要
日時:2026年2月22日(日)20:00〜22:00(120分)
形式:オンライン(Zoom)
参加費:1,000円(生徒役・観覧のみ、いずれも同額)

【参加費は事前に銀行振込よりお支払いください。】
⇒振込先 PayPay銀行 本店営業部 普通 2174994 ハンガンネットマエダタダヒコ

レッスン終了後
すべてのレッスン終了後、講師・参加者による意見交換の時間を設けます。

通信564「絶版と品切重版未定」 ペ・ジョンリョル

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【週刊ハンガンネット通信】第564号 (2026年1月5日発行)
「絶版と品切重版未定」ペ・ジョンリョル
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前回著作権の話をしましたが、今回も続けて著作権に関することを記したいと思います。

出版社から本を出すとき、通常、著作権者である著者と出版社との間で出版契約を結びます。出版社はこの契約により、著者の原稿に出版権(業界では版権と言うことが多い)を設定し、多くの場合、国内で独占的にその原稿を出版する権利を持つことになります。この場合でも、あくまで著作権は著者に帰属します。

なお、雑誌などでは、原稿料を支払って原稿を書いてもらうことがあります。これを「買い取り」と呼ぶことがありますが、この場合も、契約書などで特段の取り決めがある場合を除いて、出版社は原稿料と引き換えにその原稿の1回きりの使用権を得ているだけで、著作権は執筆者にある(出版社が著作権を「買い取った」わけでない)と解釈されることが多いです。

ほとんどの本は、時間の経過とともに販売が低下します。書店の売り場は限られているのに毎月新刊が出て、常に入れ替わるからです。Amazonなどのオンライン書店はその限りではありませんが、やはり新しい本やよく売れている本が目立つように表示されるので、時間がたった本、売れ行きを維持できない本はやがて先細りしていきます。書店の売り場やオンライン書店での露出を勝ち取るためには、絶え間ない営業・販促活動が必要です。でも出版社も、古い本より新しい本の営業に力を入れる傾向にあります。

さらに出版社にとって、在庫は経理上財産であるため、処分することで会社の利益を圧縮することができます。在庫を持っていると倉敷料(保管料)もかかります。加えて、お金を貸してくれる金融機関は在庫の増加を好ましく思いません。法人税を減らすため、経費を減らすため、よい決算書を作るために、出版社は売れないタイトルから絶版処分を行います。出版社の中には、あまり絶版にしないところもあれば、売れないとみるやさっさと絶版にする出版社もあります。

絶版は「版を絶つ(印刷用の版を廃棄する)」から来ている言葉で、出版社がその本をもう売らない、出荷しないと決めたことを指す用語です。これに伴い、(私が知る限り)倉庫の在庫を廃棄し、著者との契約も終了することがほとんどです。

契約が生きている間は、著者がその原稿を他の出版社から本にすることができません。しかし契約が終了すれば、別の出版社から出すことが可能になります。もし引き受けてくれる出版社があればですが、一度売れなくなった本も内容をアップデートさせて、再び日の目を見られるようになるかもしれません。

一方「品切重版未定」という状態もあります。出版社に在庫がないのに増刷を行わない場合です。増刷をすると印刷・製本費がかかりますが、一定部数売れないとその費用は赤字になってしまうので、ある程度の売上が見込めないときは、出版社も増刷ができないのです。ではなぜ絶版にしないのか? 市中在庫があるから?(返品されたら改装して出荷できる)、取り置き在庫だけはキープしてあるから? 要件が揃ったときに増刷する可能性を残しておきたいから? HANAではこういうケースがないので私もちょっと良く分かりません。

著者にとっては在庫がないので売れる可能性はゼロ。一方で出版権が有効なので他の出版社から出すこともできず「塩漬け」状態になります。人生を懸けて書いた本がそんな状態だったら、困りますね。

こういう場合は、出版社に連絡をして、「もう増刷しないのなら出版契約を終了してほしい」と相談するとよいと思います。応じてくれなくても(そういうことはまずないと思いますが)、多くの出版契約では「契約期限の●カ月前までに文書で知らせない限り1年ずつ自動更新する」といった条項を設けてあります。この場合、逆にいうと、次の更新日の●カ月前までに「更新しない」と文書で通知すれば、契約を終了させることができるわけです。すでに本を出版されていて関心のある方は、ぜひ一度出版契約書の内容を確認してみてください。

通信563「忙しくても回すために:売上目標を“意識して動く”ということ」浅見綾子

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【週刊ハンガンネット通信】第563号 (2025年12月22日発行)
「忙しくても回すために:売上目標を“意識して動く”ということ」浅見綾子
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突然ですが、年間の売上目標金額を決めていらっしゃいますか?

そして、その目標を「立てっぱなし」にせず、毎月意識し、途中途中で見直していますか。

私が教室運営で大切にしていることはこの2点です。

①売上目標金額を明確に立てること
②それをきちんと意識して行動すること

(すでに実践されている方も多いと思いますが、運営の考え方の一例として読んでいただければ幸いです。)

私は2025年からスクール運営担当になりました。運営をしていると、やるべきこと・やりたいことが次々に出てきます。広報、講座企画、申込導線の整備、先生方との調整、単発企画……。どれも大切ですが、全部を同じ熱量で追いかけると、どうしても「忙しくて手が回らない」状態になりがちです。

そこで役に立つのが、明確な売上目標金額を立てること、そしてそれを意識して動き続けることだと思っています。

売上目標金額は「迷いを減らす」ための軸

売上目標という言葉は少し構えてしまうかもしれませんが、私にとっては、運営を締め付けるための数字ではなく、判断を早くするための軸です。

目標金額がはっきりしていると、講座運営の中で頻繁に出てくる問いに答えやすくなります。

  • 今月(今期)は、どこに力を入れるべきか
  • 新しい企画が必要か/既存を磨くべきか
  • 広報は「やれたら」ではなく「いつ・何回・どう出すか」
  • 単発企画は、今年は何本必要か

つまり、目標金額があると、運営が「気分」ではなく「設計」で進みやすくなります。

目標があると「逆算」して、やることが決まってくる

売上目標を置いたら、次にやるのは逆算です。金額は人それぞれなので、ここでは考え方だけまとめます。

  1. 年間の売上目標金額を決める
  2. 定期講座(既存)の見込みを積む
  3. 不足分(=差分)を出す
  4. 差分を埋めるために必要な「打ち手」を決める

この「差分」が見えた瞬間に、行動が具体化します。

  • 新講座を何本つくるか
  • 単発イベントを何本入れるか
  • 1企画あたりの定員・単価をどう設計するか
  • 募集のスケジュールをいつから動かすか

私の場合も、目標金額から逆算すると、通常の授業だけでは目標に届かないことが早い段階で見えました。そこで、新講座や単発イベントを計画に組み込み、年間の構成を先に設計するようにしています。

そして大事なのは「きちんと目標金額を意識する」こと

売上目標は、立てるだけでは効果が薄く、意識して行動に反映させて初めて意味が出ると感じています。

私は月ごと(加えて3カ月ごと)に、次の3点を確認します。

  • 現時点で目標に対して何%達成か
  • 想定通りか、遅れているか
  • 遅れている場合は「何を足すか」より先に「どこを直すか」

テコ入れは、大きな改革ではなく「小さく早く」が基本です。たとえば、

  • 募集開始を前倒しする
  • 告知の切り口を変える(講座名や対象を調整する)
  • 紹介動画を作る
  • 単発企画を1本入れる

こうした微調整を早めに入れることで、年度後半に慌てて詰め込む状況を避けやすくなります。

目標金額を“毎月見える位置に置いておく”だけでも、行動がぶれにくくなる感覚があります。

おわりに

売上目標金額の立て方は、教室の規模や運営方針によってさまざまだと思います。

ただ、もし「やることは多いのに優先順位がぶれやすい」「企画や広報がその場の勢いになりがち」と感じることがあれば、

  • 目標金額を明確に立てる
  • それを意識して行動する(定期的に達成率を見てテコ入れする)

この2点をセットで試してみるのはいかがでしょうか。

とはいえ、やるべきことが分かっても、現実はなかなか手が回らない日も多いんですがね(涙)

無理なく続けるためにも、「テコ入れは小さく早く」を合言葉に、できるところから回していこうと思います。