通信031 ハングル講座の行方は?
「ハングル講座の行方は?」
というのも、この通信は発つ前に書いて池上先生に頼んで送っていただいたくことにしたからです。
ハングル講座の行方という問題定義をしましたが、
これはあくまで、私のハングル講座にかぎってのことです^^
皆さんの地域では「話してみよう韓国語」はもう終わりましたか?
毎年、年末年始にかけて開催されていますね。
私もできるだけ受講生に参加を呼びかけたり、積極的に指導した年もありました。
昨年はクイズに急遽4組を参加させ、入賞もしました。
ところが、今年はなんと、だれも参加の意志を表明しません。
大阪韓国文化院の朴ヤンスンさんからは案の定、そろそろ締め切りが・・・とのお電話をいただき、
もう一度声をかけてみたものの、どうしようもない理由がぞくぞくとでてきまして。
この空気は一体何なん??去年までとちがうやん!?とつぶやくばかりの私。
申し訳なくて、朴さんには返事ができないままいましたが、とうとう、確認の電話がかかってきました。
私の受講生たちの言い分は「K-POP」のコンサートやファンミーティングがいっぱい詰まっていて、
練習もできないし、勉強にも集中できないとのこと。
私のところだけかと思い恐る恐る話してみると、なんと、今年は他の先生方も同じ事をおっしゃっていて、
参加者がかなり少ないのだそうです。
みなさん韓国が好きで、ドラマや歌が大好きで始めた勉強ですが、
あこがれのスターがやってくるとなると、手につかない様子ですね。
私の講座には20過ぎから75歳までの方がいらっしゃいますが、みなさんとても元気です。
はつらつとして、幸せそうです。ハングル講座は、そんな乙女心に満ちあふれた皆さんと
夢の実現に向かって進んで行くしかありません。
各々の目標をより高くかかげ、いつかはぺらぺらに話せるように、
ドラマを字幕なしで見て、K-POPの歌詞を自分で訳して韓国語でうたえるように
後押しし、導いてあげられるような存在でありたいです。
そんな中で、新しい発見があり、歴史や文化に深い興味を持ち始めた方も
たくさんいらっしゃいます。
夢のあるこんな仕事が私は大好きですし、京都市のお仕事以外は完全なフリーになった今、
自分の思い通りに余裕をもってすすめられる授業やスケジュールにとても満足しています。
自分で運営されていらっしゃる先生方に比べると、私は楽しています。
私は教室を時間ごとにレンタルし、時にはキャンセルし、
3ヶ月後までのスケジュールを組んで、教室を続けています。
他の仕事(通訳/翻訳など)も欠く事なく続いており、
すべてはハングル講座内容の糧となり、自分のスキルアップに繋がります。
通信030 大都市か地方か、会社組織か個人か(1)
【週刊ハンガンネット通信】《30号》(2012年2月4日発行)
「大都市か地方か、会社組織か個人か~その1」
アイケーブリッジ外語学院 代表
幡野泉 (はたのいずみ)
前田先生、教室移転おめでとうございます。
先生のコラムを読んで、私がアイケーブリッジを設立するとき、
とある起業セミナーで講師の方(中小企業の社長さん)から
聞いた話を思い出しました。
「事業は競争の激しい都会でするべき」
開業、起業、出店するときは、コスト面や競争の怖さから
都会や繁華街を避けようと思いがちだが、むしろこういった
場所に乗り出した方が良い、ということでした。
競争が人を呼び、そして自分たちも磨かれる、ということでしょうか。
とはいえ、それが当てはまるのは比較的大きな都市を
ターゲットにしている場合の話で、ハンガンネットメンバーの
多くの先生方のように、地元で、地域密着型のスクールを開いて
いらっしゃったり、ご自宅でご近所の方を対象とされていたら、
それはそれで何にも代え難い役割を果たされているのだと思います。
そう、その昔、まだ自分の未来がどうなるか分からなかった
大学生前半くらいのころ、大学の友人と未来予想図に
ついて話しました。いまでも覚えているのはそのとき自分が
「もし結婚して子供ができたりしても、家で英語を教えたり、
フルートを教えたりしたい」と言ったことです。
その後そんなことは忘れ、流れに任せて就職活動をし
就職しましたが、いま、その未来予想図になんとなく近い
ことをしているかな、と思わなくもないです。
まったく予想していなかったのは、それが会社規模になった、
ということですね。
会社規模になって大変なことや喜びなどは、また書き始めると
長くなりますので、次回書かせていただきたいと思います。
インフルエンザが猛威をふるっているようですね。
皆さま、お気を付け下さい!
通信029 移転を通して考えたこと
【週刊ハンガンネット通信】《第29号》(2012年1月23日発行)
移転を通して考えたこと
ミレ韓国語学院 学院長
前田真彦
2011年12月末にミレ韓国語学院は、創始の地、堺市から大阪駅前第4ビルに移転しました。
移転をして本当に良かったと思います。毎日が楽しくって、楽しくって…堺の時以上です。
移転を決意したのは2011年7月。夏の暑い盛りに一人で大阪駅前周辺の物件をいくつも
見て回りました。「これはちがう」「ここがこうなっていればいいのに」などなど物件を見て回りながら、
いろんなことを考えました。
自分はミレをどのようにしたいのか、韓国語教育をどうしたいのか、自分は一体何を教えているのかと…
最初は、移転したいという漠然とした思いだけでしたが、物件を見ながらさまざまなことが見えてきました。
交通の便、立地、大きさ、教室・事務所のレイアウト、賃料…何が自分の理想なのか、何を取り、
何を捨てるのか…
移転とは、起業のコンセプトを見直し、練り直し、再出発するための第2創業にあたることだとつく
づく感じました。単なる引っ越しではないのです。
創業1年9か月で、思い切って移転して本当に良かったです。堺に居座っていると、
その器で固まってしまったのだと思います。
そういう意味で、大阪の中央、大阪駅前第4ビルに出てきたのは正解だったと思っています。
引っ越しするときに、1年9か月でたまった、「余計なもの」「贅肉」の多さに驚きました。
いや~こんなものもあったのか、引っ越し業者も驚いていましたね。
「授業」も大切ですが、「経営」も大切です。授業と経営、これは市民講座の両輪です。
どちらかがかけてもうまく事業は展開しません。
民団や文化院、NHK学園など大手の韓国語講座がすぐ近隣にあります。
この3だけでも1000人以上受講生を集めています。
それ以外にもまだまだたくさん韓国語講座が林立している超激戦区です。
自分の建てたミレ韓国語学院が今後どのように受講生から受け入れられていくのか楽しみです。
通信028 福島での人権侵害と韓国語学習
通信027 スピーチ大会は原稿作成時にはじまっている
【週刊ハンガンネット通信】(2011年12月30日発行)
「スピーチ大会は原稿作成時にはじまっている」
アイケーブリッジ外語学院 代表 幡野 泉
年の瀬、先生方におかれましてはいかがお過ごし
ですか?韓国にお家がある先生方は帰国されている
かもしれませんね。
さて、この12月は「話してみよう韓国語 東京大会」、
「東京韓国教育院 弁論大会」、そして我が校「アイ
ケーブリッジ外語学院 スピーチ大会」と韓国語の
大会が目白押しでした。
前者の二つの大会も当校から出場者が出たことから
全ての大会を聞かせて頂き、韓国語講師冥利に尽きる!
充実した時を過ごしました。
こういった大会で必ず感じることになる発音や
イントネーションについては、先生方共通して感じる
ことと思いますのでここで言及するのは省かせて頂き、
三大会を通じて強く思った「原稿作成時に気をつける
べきこと」について書かせて頂きます。
(とはいえ、「話してみよう?彗膕颪匿該紺?垢
浜之上先生がおっしゃった「への字イントネーション」
のお話、阪東先生のおっしゃった「母音をしっかり」
のお話は、すべての韓国語講師、韓国語学習者に
聞いて頂きたかったです!)
スピーチ大会に出ることになったらまず生徒さんに
原稿を書いてもらう、というスタートになると思います。
テーマが決まっている場合もあれば、「何を書いたら
いいか分からない」という生徒さんに、テーマを一緒に
考えてあげたりもします。しかし、ある程度の文章が
書ける方はまず本人が作成します。
すると上がってくる原稿の中には、数分の時間制限の
ところ10分近くの原稿になっていたり、Aという話題で
始まったと思えば途中Bになって、最後はCで終わる、
というものもあります。
これは例えば「○○について話して」と言われ、話し出し
たらあれこれ浮かんできて止まらなくなって、しまいには
話があっち行き、こっち行き……となることは誰でも経験が
あると思うのですが、スピーチ原稿作成時にも同じことが
起きているのです。とある大会では、発表する原稿も
そうなっていた方が見受けられました。
原稿を作成するにあたっては、「○分くらいで自由に書いて」
でなく、文章のまとめ方、構成の仕方などをスタートの時点で
お手伝いをしないと、と感じました。せっかく伝えたい
気持ちがあり、良いことを言っているのに支離滅裂、
ではもったあありません。
スピーチ大会に出たときの原稿は本人の学習史に刻まれる
記念すべき文章になりますから、指導講師は責任を持って
原稿作成指導にあたる必要があると思います。
最後になりましたが、ハンガンネットメンバーの先生方、
セヘ ポッ マーニ パドゥセヨ。
良いお年をお迎えください!
通信026 スピーチコンテスト
【週刊ハンガンネット通信】《第26号》(2011年12月19日発行)
スピーチコンテスト
ミレ韓国語学院 学院長
前田真彦
ミレ韓国語学院では第1回スピーチコンテストを12月18日に実施しました。暗唱部門とスピーチ部門に分かれ、合計20人の参加、観覧者も含め50人程度の参加があり、コンテストの後は、同じ会場で交流会も行いました。
実施を決めるまではいろいろ不安もありましたが、受講生のみなさんのやる気とすばらしいパフォーマンスで、成功裏に終えることができました。
成功の要因を考えてみるに、
1、努力の方法と目標がはっきりしている: 普段の授業から音読やシャドーイング、朗読の録音など、普段から努力の方法を知っているため、正確な発音をなさっている方が多かったです。
2、適切な指導があった: 十分とはいえないまでも事前の指導を行いました。また本番でもお一人おひとりに審査員やミレスタッフから音声指導やアドバイスがありました。
3、普段接することのない他のクラスの受講生、ミレスタッフとの交流ができた通信生や遠方からの参加もありました。
このような点が良かったように思います。
今まで「韓国語能力試験必勝講座」「スキルアップ講座」「プチ合宿」などイベントを実施してきました。それぞれ意義があり、良さがありました。今回の「スピーチコンテスト」は、これまでの教える側中心のイベントとはちがい、受講生のパフォーマンス中心のイベントでした。このような受講生主体のイベントもよいものだと思いました。
普段の授業ではできないことを補うイベントを企画する大切さ、指導理念をはっきりさせることの大切さ、さらには市民講座の担う役割とは何かなど、みなさんの発表を聞きながら考えました。
通信025 韓国語を学びながら、さらに学んで欲しいこと
【週刊ハンガンネット通信】《第25号》(2011年12月5日発行)
「韓国語を学びながら、さらに学んで欲しいこと」
長崎韓国語教室 代表
池上和芳 (いけのうえ かずよし)
昨年、2010年の夏に私は、韓国語教育に関する6週間の研修を、
ソウルにあるソガン(西江)大学校で受ける機会に恵まれました。
現地で、韓国人の先生方から、韓国語で講義を受け、韓国語で
レポートを書き、韓国語で実習に臨み、大変勉強になりました。
その研修期間中に、当時の菅直人首相が、「日韓併合100年に
関する談話」を発表しました。そのニュースについて、韓国の各
メディアは軒並みトップで伝えました。
ある新聞は、かつて日本軍の慰安婦にさせられた被害者たち
が身を寄せ合って暮らす「ナヌムの家」で、被害者のハルモニ
(おばあさん)たちが、テレビの中の菅首相をじっと見つめて
いる写真を掲載しました。
談話が発表された翌日の、研修の授業では、その日の担当の
先生が、談話の内容をどう評価するべきか、しばらくの間、話を
なさいました。先生は話の中で、「(加害の事実について)加害
者が学ぶことが重要です」とおっしゃいました。
そのほかの日の、また別の先生方による授業の中でも、「日本
が、かつてしたこと」についての話は、何度か出てきました。
50人ほどいた研修の受講生の多くが韓国人で、日本人は私1人
でしたが、授業が終わった後、「針のむしろだったでしょう?」と、
いたわって私に声をかけてくれる(韓国人の)受講生もいました。
日本という国は、この国(韓国)で、いまだに、まるで信用を得ら
れずにいることを、私は十分承知していましたが、昨年の韓国
滞在の中で、そのことを改めて実感しました。
加害国としての日本が、隣国からの信用を回復させる努力を、
これまで何もしてこなくて、今も何もしていないことを、非常に
情けなく思いますが、
国というものの姿勢は、それを構成する国民の意識や考えを
反映したものでしょうから、1人1人が歴史の事実(加害の事
実)を知っていって、人として、あるいは国として、どうするの
が正しいのか、考えることが何よりも大切なのだと思います。
韓国語の学習に話を移せば、仮に、ある日本人の学習者が、
努力の末、韓国語をネイティブ並みに使いこなせるようになった
としても、その学習者が、もしも、「日本が、かつてしたこと」に
ついて無知だったり、無関心だったりしたら、
その学習者は、韓国の人々や文化にいくら親しんだとしても、
この国(韓国)の「心」を、いつまでも知ることはできないの
ではないかと思っています。
私自身は日々、授業で韓国語を教える中で、歴史も同時に
教えているわけではないのですが、韓国語を学ばれる方々
お1人お1人が、韓国語を学びながら、歴史についても、それ
ぞれの方法で、学んで欲しいと願っています。
通信024 映画祭で
【週刊ハンガンネット通信第24号】 2011年11月28日
「映画祭で」
林 鳩順(Lim Koosoon)
会員の皆様、いかがお過ごしですか?
11月19日から12月1日まで第3回京都ヒストリカ国際映画祭が行われています。耳慣れない言葉ですよね。ヒストリカとは時代劇を意味するようです。すなわち、時代劇に関する映画祭なのです。
京都には伝統ある東映京都撮影所と東映太秦映画村、すぐ近くに松竹撮影所があります。釜山国際映画祭に続き、今後はこのヒストリカ映画祭にも毎年参加することになりそうです。
今年はなんと「王の男」のイジュニク監督と二人のプロデューサーが招聘されました。一昨日行われた「韓流時代劇のカリスマに訊く、大ヒット時代劇の法則」というシンポジウムでは私が通訳を担当しました。舞台上ではじめて聞くおもしろおかしい話に、つい通訳という立場を忘れるほどでした。
そして、毎回ありますが、ひやっとしたのは簡単な単語が出てこなくて???となった瞬間でした。監督が気を利かして別の言葉に言い換えてくださり、その間に思い出したのですが、冷や汗ヲヲヲ
韓国語が分かる方もかなりいらしたので、訳す前に笑いが起こったり、反応がありました。舞台上での通訳は当然語学力が必要ですが、私は、ど根性と気力、そして大小の場数を踏む事が一番だとつくづく感じています。
関係者の打ち上げや交流会では、「言葉」に関する話で盛り上がりました。映画用語には多くの日本語があり、驚きました。ひきあげ、たちまわり、すれちがいなど。裁縫用語、土木用語など次々と飛び出しました。
イジュニク監督の映画の特徴は時代劇独特の昔言葉ではなく、現代語、特に慶尚道、全羅道、忠清道の方言「サトゥリ」を使うので明快で大変面白いです。
京都における朝鮮半島との関わりは地名などにもしっかりと息づいています。無意識に使っていた単語や地名に我が国との深い関わりと深い意味が込められていることを再度実感したうれしい体験でした。
皆さんの地域にも朝鮮半島とのいろんな関わりがあるんでしょうね。私は生徒さんたちと、そんなお話もしたいと思います。
ではまたメールでお目にかかりましょう!!
