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【週刊ハンガンネット通信】第567号(2026年1月26日発行)
「安聖基スーパーマンは今も心の中を飛んでいる」ミレ韓国語学院 前田真彦
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韓国の国民的俳優、安聖基が今年1月5日74歳で亡くなった。1970年代以降、韓国の映画界にはなくてはならない存在で、コミカルなものからシリアスなものまでどんな役柄でもこなし、画面には不思議と人情味がにじみ出ていた。
僕が安聖基を知ったのは、『コレサニャン』(鯨とり・1984年作品)が最初だった。勉強にも恋愛にも失敗した大学生のピョンテ(金哲秀=ミュージシャン)が、売春宿に売られた失語症のチュンジャ(李美淑)と出会い、チュンジャを故郷に送り届けようと売春宿から連れ出す。そうはさせじとヤクザの一味が追いかける。逃亡の途中で偶然出会った乞食の親分ミヌ(安聖基)の機知に助けられながらピンチを切り抜け、ついには故郷にたどり着く。途中ピョンテの捨て身の行動に心の殻を破る力を得たチュンジャが言葉を取り戻す場面は感動的だ。題名となっている「コレ」(鯨)は、何かとてつもなく大きなものという意味で使われている。ダメダメ大学生のピョンテが、ミヌ、チュンジャとの出会いを通して人間に対する信頼と、人生に立ち向かっていく勇気を得る成長物語だ。私が見た韓国の映画で今でもベストワンだ。
その後私が、中学校の国語教師として奉職することになった建国中学校(在日韓国人を中心にした民族学校)の3年生の期末テスト後の比較的自由に授業ができる期間を利用して次のような特別授業を実施した。『コレサニャン』の字幕付きビデオを見せて、<『コレサニャン』が日本で初めて一般映画館で公開上映されると仮定して、君たちを宣伝スタッフに任命する>という授業だ。クラスを4~5人の班に分けて、タイトルの付け替え、パンフレット作製、15秒CMの作製、最後は各班の発表会で締めくくるというもの。1995年の実践だ。
ピョンテが傷つきながらも少しずつたくましく成長していく姿、笑いと涙、冬の韓半島を横断する場面展開の速さ、そして何より、全体を温かくユーモラスに包み込むミヌのおおらかな愛情が、中学3年生の心も大きく揺り動かした。韓国人として、この映画を日本の人にもっと見てもらいたいという自尊心もくすぐったのかもしれない。生徒たちは夢中になって取り組み、楽しいポスターやパンフレットを完成させ、発表会も感動的だった。
当時の在日韓国人の中学3年生には、自分が韓国人であることを肯定的にとらえる材料が少なかった。そんな中で、『コレサニャン』は、「韓国にも自分とよく似た青年がいて、傷つきながらも一生懸命生きている」「いざという時は助けに来てくれるアジョッシもいるんだ」と自分と重ね合わせ、韓国をはじめてポジティブにとられることができたのではないか。
タイトルの付け替えで印象的だったのは『韓国のスーパーマンがやってきた』というもの。ポスターの真ん中には、ボロのマントをひるがえした安聖基が、二人の若者の上を飛んでいた。30年前の取り組みだから、彼らももう45歳だ。カッコいいスーパーマンではなく、ボロをまとってよろよろ飛ぶ安聖基スーパーマンが、今も彼らの心の中を飛んでいるはずだ。
