=================================================
【週刊ハンガンネット通信】第553号 (2025年10月18日発行)
「パンマルはいつ使える?」寄田晴代
=================================================
ヘヨ体(-아/어요体)の学習に入ると、パンマルの話をします。
語尾のヨ(요)を取ると、親しい同年代や年下に使えるぞんざいな言い方、いわゆる「タメ口」になるよ、と説明することが多いのですが、使い方には気をつけてね、と付け加えます。
パンマルを使っていい状況というのは、なかなか口で説明しにくいと思っています。
留学生時代、なかなかパンマルがうまく使えなくて苦労した思い出があります。
研究生として、担当教授の研究室で一日中過ごす毎日でした。研究室にいるのは、私と高齢の教授と40代の助教の3人。当然パンマルを使う状況にはなく、それどころか、失礼がないように敬語を使いこなすことに全集中する日々でした。
すると敬語しか話せない外国人になってしまい、韓国の友人たちに「そんなのおかしい」「友達なんだから語尾に요をつけちゃダメ!」とさんざん矯正されることに。うっかり「~요」と言ってしまうと、友人たちは胸の前で腕をバツを作り、アウトを宣告するのでした。
パンマルが口から出てこなかった理由のひとつが、それがとんでもなく乱暴な言い方に聞こえて抵抗感があったことです。
「이거 먹어」と言われると「これ食べて」ではなく「これ食えや」(抑揚は関西弁)に聞こえていたのです。(ただの妄想ですが)
しかし、親交を深めるためには慣れなくてはいけないと努力した結果、抵抗感も薄れ、そこそこ使えるようになりました。
そこで、お互いまだパンマルを使ったことのない韓国人の友人がいたのですが、私たちもこれからはパンマルで話そう、と提案してみました。すると「今まで通りがいい」と言うではありませんか。
私の頭の中は?でいっぱい。聞いてた話と違うやん。それって、そんなに親しくなりたくないってこと?しょっちゅう会って仲良くしてるつもりだったので、ちょっとショックでした。
残念ながら当時の私は理由を聞き出すほどの語学力がなく「あ、そうなの?아, 그래요?」で終わった記憶があります。
けれども、彼女とはそれ以降も疎遠になるわけでもなく、よくいっしょに遊んでいました。
もうひとつ、パンマルに関する印象的な思い出は日本でのこと。
日本人Aさんが韓国人Bさんに、「です/ます」ではない、砕けた口調(日本語)で話をしていました。二人は同じ職場で顔なじみですが、違う部署で働いています。AさんはBさんより一回り以上年上です。
Aさんが去った後、Bさんが「なんでパンマル使われなきゃいけないのよ。そんな昔からの知り合いでもないのに」とぼやいているのを聞き、年が離れていても、関係性によってはパンマルで相手の気分を害することもあるのか、と思った場面でした。
そういえば、うちの家族にも、パンマルを使って注意された人がいます。
久々に会った親しい元同僚(韓国人)に、嬉しくてパンマルで話しかけたら「話し方が乱暴になりましたね。気をつけた方がいいですよ」と、きれいな日本語でたしなめられたそうです。
年齢、相手との関係性、状況など、いろいろな要素が絡むパンマル使用ラインは、結構難しいと感じています。
学生に「안녕!」とか「알았어」と言われると、どこから説明しようかな、と思うのです。
