通信492 「マレーシアの日本語教育」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第492号(2024年7月1日発行)
マレーシアの日本語教育 伊藤耕一
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先日、あるイベントに参加しました。
そのイベントにあてがわれた会場は日本語を教える教室のようでした。
イベントの合間に教室内を歩いていたら、写真のような教材を見つけ、思わず写真を撮ってしまいました。
それは日本語の動詞の五段活用を教えるために作られた手作りの教材です。

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なるほど、マレーシアではこのように日本語文法を教えているのだなと、新鮮な発見をした気持ちになりました。
この教材を見て日本語母語話者である私が発見したことを書いてみたいと思います。

①「あかさたなはまやらわ」でなく「あかがさざただなはばぱまやらわ」という順番で五十音表を作る。
日本語母語話者にとって、濁音と半濁音を五十音表に混ぜるという発想は、あまりないのではないかと思います。
しかし、音声学的に考えると「かが」「さざ」「ただ」「ばぱま」を並べるのは理に適っています。
このように並べておけば、発音が似ている音どうしの違いを説明しやすいなと思いました。
もし、将来日本語を教える機会があれば、参考にしたい教え方です。

②「う」で終わる動詞は「あ行」でなく「わ行」で活用する。
これは盲点だと思いました。
「あ行」に単語の例示がないのはなぜだろうと思ったら「わ行」のところにありました。
その理由は未然形の活用をした時に「う」を「わ」に変えるからですね。
私は無意識に「あ行」に意識が行ってしまいましたが、文法を考える時には「わ行」なのだということが新鮮な発見でした。

③「ず」「づ」「ふ」「ぷ」「ゆ」で終わる動詞は現代語には存在しない。
日本語母語話者は感覚的に理解できていることですが、この5音で終わる動詞はありません。
古語にはたくさんありますが、現代語にはない、そんな気付きをくれました。
おそらく「この5音で終わる動詞はない」と教えれば、日本語学習者には分かりやすいのでしょう。
このように、形式的に説明できる場面ではそのように教えた方が文法が定着しやすいように思いました。

④動詞を活用し語尾に「て」「で」「って」「んで」/「た」「だ」「った」「んだ」のどれを付けるのかは、意外とややこしい。
これも日本語母語話者は感覚的に理解できることですが、日本語学習者には次のように教えるのでしょう。
「く」で終わる動詞:「く」を「い」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「ぐ」で終わる動詞:「く」を「い」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「す」で終わる動詞:「す」を「し」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「つ」で終わる動詞:「つ」を「っ」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「ぬ」で終わる動詞:「ぬ」を「ん」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「ぶ」で終わる動詞:「ぶ」を「ん」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「む」で終わる動詞:「む」を「ん」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「る」で終わる動詞:「る」を「っ」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「う」で終わる動詞:「う」を「っ」に変え「て」及び「た」を接続させる。
韓国語の動詞形容詞の活用と遜色ないほどのややこしさだと思いました。
この活用を我々日本語母語話者はどうやって幼児期に習得するのか、とても興味深いとも思いました。

日本語を教える時には、これ以外にも分かりやすく教える方法があるはずです。
「日本語を教えて」と言われ「いいよ」と安請け負いしてしまいそうですが、このようなテクニックを体系的に知っている人から教わるのと、無知な人から教わるのとでは、その後の上達に雲泥の差が出そうだなとも思いました。
韓国語の教授法にも似たところがあり、私自身、ひとつひとつ文法を覚えた行ったのですが、そのように体系的に学ぶことは大切だなと改めて思いました。

余談ですが、あるイベントとは将棋大会でした。
私は将棋が趣味で、クアラルンプール日本人会の将棋クラブに入れてもらっています。
この11月に東京の将棋会館で世界大会が開かれるのですが、そのマレーシア代表を決める大会を行うということで、その運営に携わりました。
私はマレーシアのローカルの将棋クラブにも参加しているのですが、そのクラブの将棋仲間が代表に決まりました。
彼はまだ20歳前ですが、彼との通算の対戦成績は私の3勝6敗くらいで、私よりも強い青年です。
是非、大会では良い成績を納めてもらいたいと思います。