通信602「AI翻訳の限界」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第602号(2026年10月17日発行)
「AI翻訳の限界」 伊藤耕一
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これは、ある日のメールのやり取りです。
Aさんは日本人、Bさんは元同僚のインド系マレーシア人、Cさんは日本人です。

Aさん:Is this shipment going to be by Air?
Bさん:No below shipment by Sea.
Cさん:海上輸送なしとのことです。

Aさんが「これは航空便出荷ですか?」と問いかけ、Bさんは「いいえ船便出荷です。」と答え、私は「船便なんだ」と思ったのですが、Cさんは「海上輸送なし」と逆の解釈をしていて、私は「えっ」と驚きました。

Bさんの英語は「いいえ、下記の出荷は海上輸送です。」としか書いてないのに「なぜ逆の理解を?」と思いました。
しかし、よくよく英語を読んでみると「No」が「below shipment by Sea」を否定しているようにも見えます。

念のためGoogle翻訳にかけてみると、驚愕の結果が出ました。
「海上輸送は不可」
Cさんに確認してみると、Google翻訳を見て「海上輸送なし」と理解したとのことでした。

そこで、私はBさんにSNSで確認してみました。
「Cさんが『船便出荷じゃない』と言ってるけど、船便で出荷したんでしょ?」と尋ねると「船便出荷と書いたのに」との回答。
「そうだよね。どうも誤解しているようなので、もう一度メールを入れてくれる。」とお願いしました。

その後「Bさん:The shipment was done by Sea freight.」とのメールが入り、一件落着となりました。

なぜ、こんな現象が起きたのか、その後考えてみました。
Bさんの母語はタミル語で、日本語や韓国語と同じ膠着語に属し、語順が日本語や韓国語に似ています。
あの英語を語順通りに訳すと「いいえ、下記の出荷は海上輸送です。」となり、私はそのように解釈していました。
つまり、Bさんは母語に従って英語を書き、私は母語に従って英語を理解していたのではないかというのが結論のようです。
お互いに無意識の中でそのようにコミュニケーションが行われたというところでしょうか。

マレーシア滞在時、実はBさんの話す英語は私にとって、最も理解しやすいものでした。
どうして理解しやすかったのかが、この一件を通じて分かったような気がしました。

マレーシアでは、マレー系・中国系・インド系の人々がそれぞれの母語を持ちつつ共通語である英語を使ってコミュニケーションをしていますが、このような誤解は日常茶飯事のような気がします。
私は少しでも疑問を感じたら、「○○という意味ですか?」と確認していました。
対面であれば確認も容易ですが、メールでは難しい場面が出て来るケースかなと思いました。

その一方で、様々な言語を背景に持つ人々が使う英語は、AI翻訳では正確に翻訳しきれないことがあり、便利な世の中になったとはいえ、誤訳が含まれていることを常に疑う必要もありそうです。

通信594 「ㄹが逃げる!」 伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第594号(2026年8月17日発行)
「ㄹが逃げる!」 伊藤耕一
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先日は生徒の立場で生成AIに尋ねてみましたが、今回は教師の立場で生成AIに質問してみました。
尋ねたのは「ㄹ変則活用の教授法」です。
先日、AIに「ㄹ変則活用を分かりやすく説明してください」と聞いてみました。

すると、「ㄹの後ろにㄴ・ㅂ・ㅅが来たら、ㄹが逃げる!」という説明が返ってきました。

「ㄹが逃げる」これはなかなか面白い表現だと思いました。

このことを教える時、私はこれまで「ㄹ語幹の後ろにㄴ・ㅂ・ㅅが来ると、ㄹが脱落する」と説明することが多かったと思います。

ただ、韓国語を始めたばかりの人に「ㄹ語幹」と言っても、「語幹って何ですか?」ということになり、語幹の説明が必要になりそうな気がしました。

「脱落」という言葉も当たり前のように使っています。

さらにAIに深掘りしてもらうと、次のような説明が返ってきました。

「ㄹの後ろにㄴ・ㅂ・ㅅが来たら、ㄹがなくなります。」という説明を提示してくれました。

さらに、「ㄹの後ろにㄴ・ㅂ・ㅅが来たら、ㄹが逃げる!と言えば、もっと印象に残るでしょう。」と。

改めて「ㄹが脱落する」と言われると、文法書に書いてある知識のように感じます。

一方、「ㄹが逃げる」と言われると、頭の中にちょっとしたイメージが浮かびます。

「ㄴが来た、ㅂが来た、ㅅも来た。これは大変だ。逃げよう。」と、ㄹが逃げていくわけです。

良い表現かどうかは分かりませんが、こういう説明の方が覚えやすい人もいるでしょう。

AIから「逃げる」という新たな説明方法を教えてもらい、とても勉強になりました。

今回は、かなりの部分をAIに書いてもらいました。いつもの通信とは少し違った文章になったかもしれませんが、いかがだったでしょうか。

通信586「言語の勉強」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第586号(2026年6月25日発行)

「言語の勉強」伊藤耕一
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マレーシアから帰国して間もなく2年になります。
振り返ると、マレーシアに行くことが決まったのが2020年、そこからマレー語の勉強を始めて足掛け6年が経ちました。
コロナの影響で渡航は2021年の12月になり、約3年間をマレーシアで過ごしました。
それまでのおよそ4年間で、3歳児レベルの語学力(自分の言いたいことはだいたい言えるが、相手の言うことは分かる時と分からない時がある)になったと思っています。
その後も時間を見つけてはSNSにマレー語で投稿したり、時々友人と話をしたりしてきました。

今は頭の中で簡単なマレー語作文をしては、分からない単語があると調べて、作文にあてはめてといったことをしています。
これは学生時代に英語や韓国語でもやっていたことです。
頭の中で作文すると、それがスラスラと喋れそうな気がするのですが、実際にアウトプットをしてみると作文した文章とは違うことを言ってしまったり、発音を間違えたりしたことが学生時代にはよくありました。

私のマレー語は、今その段階にあります。
口から出た後に気付くのですが、そのようにして間違えた文章は強烈な恥ずかしさと共に次には絶対に間違えないぞという気持ちが沸き上がり、本当に少しずつですが徐々に上達してきたように思います。

学生時代はSNSや翻訳ソフトがなかったので、話すくらいしかアウトプットする機会がありませんでしたが、今は翻訳ソフトでチェックしてSNSに投稿することができます。

先日、スーパーでマレーシアのお菓子が売られているのを見つけ、こんな投稿をしました。
Saya jumpa snek manis dan sedap Malaysia di Jepun satu lagi.
(私は、また、マレーシアの美味しくて甘いお菓子を日本で見つけました。)
最初は、このように作文しました。
Satu lagi, saya jumpa snek manis dan sedap Malaysia di Jepun.
(それからもう一つ、日本でマレーシアの甘くて美味しいお菓子を見つけました。)
Google翻訳では、このように訳出されます。

日本語では「また」が最初の方に来るので「satu lagi」を最初に持ってきましたが「それからもう一つ」は意図しない意味でした。
そこで「satu lagi」を最後に持ってきたらこのような訳になりました。
(日本でまた別の甘くて美味しいマレーシアのお菓子を見つけました。)
数ヶ月前に別マレーシアのお菓子を日本でみつけて、今回再び別のお菓子をみつけたので、後者の方がしっくりくる訳文だと思い、これを投稿してみました。

副詞の位置関係の違いでどれほどの意味の違いがあるのかを判断する力はありませんが、Google翻訳を信じれば多少の推敲ができそうな気がしています。
いちおうマレー語を自分の力で書いてみて、その後チェックするようにしていますが「私は、また、マレーシアの美味しくて甘いお菓子を日本で見つけました。」をGoogle翻訳で訳したらこんな素晴らしい文章が訳出されました。
Saya juga menemui beberapa makanan Malaysia yang lazat dan manis di Jepun.
これはとても整ったマレー語で私が知らない単語が使われています。
今の私の実力では書くことのできない文章です。
あと何年勉強すればこんな文章が書けるのかと思うのですが、このような試行錯誤をもうしばらく続けてみようという気持ちになりました。

便利な世の中になったので、学校の外国語作文の授業では翻訳ソフトを使って作文する学生さんがいるような気がします。
しかし、試行錯誤のない語学の勉強は本当の力には繋がらないように思います。
自分で考えて試してみて、間違ったら直し、改善のアドバイスがあったら素直にそれを受け入れるようなやり方が上達の王道ではないかと改めて感じました。

通信578 「麻雀のカルチャーショック」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第578号(2026年4月27日発行)

「麻雀のカルチャーショック」伊藤耕一
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幡野先生の通信「花札」を拝読し、30数年前に麻雀で受けた私のカルチャーショックを思い出しました。

1993年、ニュージーランド滞在中、日曜日に健康麻雀の集まりがあることを知り、参加したことがあります。
行ってみると、そこにいたのは高齢の女性ばかり、21歳だった私は大歓迎されました。

早速4人で卓を囲んで麻雀が始まりました。
どこから来たのか、何をしているのか、といった雑談をしながら役作りをするのですが、私は最初の配牌を見て「平和(ピンフ)」を作ることにしました。
日本の麻雀では最もオーソドックスで上がりやすい役で、1つのペア(雀頭)と3つの並び牌(順子)を組み合わせるものです。

image.png
これで上がったのですが、クレームが付きました。
「それは何の役? 全然美しくないわね。」と言われました。
麻雀をご存じの方なら皆ショックを受けると思います。

「それでは、どんな役なら上がれるのか?」
頭の中で考えたのですが「美しくないわね。」というコメントが引っ掛かりました。
「美しいとは何のことか?」

そして次の一局で私は度肝を抜かれました。
ある方がこのような役で上がりました。
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雀頭が1つ、白發中で1組の刻子、123456789と種類の違う数牌を混ぜて一気通貫を作って上がったのです。
日本では考えられない役作りですが、これに対して「Beautiful!」という賞賛の声が上がりました。

「美しいとは、そういうことか。」「白發中でもOKなのか。」と思い次の局に臨みました。
するとペアが多い配牌が来て、七対子なら美しいだろうと思い、何とか上がることができました。

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これは「7 pairs, OK!」と言ってもらえました。

驚いたのが風牌の使い方です。
風牌(東西南北)は日本では2枚の雀頭か3枚の刻子でしか使えません。
つまり日本では使いにくくあまり価値がないと考えられる牌です。
しかし、東西南北1枚ずつを集めてもう1枚いずれかを加えると5枚で雀頭と刻子として使えることが分かりました。
風牌の価値がドラ牌と同等に思えました。

ショックと驚きの発見続きのローカルルールとご婦人方に翻弄されながら、最後に作ったのが三色同順です。
これは日本でも美しいと言われる役ですが、東西南北と合わせて上がったら「Very beautiful!」と言ってもらえました。
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3時間ほどでその会は終わりましたが、最後にいただいたアドバイスが忘れられません。
「あなたは字牌を最初にどんどん捨てたけど、あれはもったいないから持っているべきよ。」
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日本とは真逆のコンセプトの麻雀でしたが、たばこもお酒もお金とも縁のないニュージーランドの麻雀に触れた機会は良い経験となりました。
そして日本の麻雀とは異なる頭の使い方が必要なルールのおかげで、心地よい脳疲労を感じました。

しかし、その会に行ったのは1回だけでした。
日本ではいかに上がるかが最優先、可能であれば価値があり美しい役作りを目指すのが麻雀だと思っていましたが、美しさが優先され上がりやすさにも配慮のあるゲームに馴染めないような気がしました。
例えが良いかどうかわかりませんが、お寿司のネタに果物や野菜が載っているようなお店に行ったような気分です。

ともあれ、異文化に触れる経験はとても良いものだと思います。
5月30日の幡野先生のイベントの盛会をお祈りしています。

通信569「冬季オリンピック」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第569号(2026年2月11日発行)
「冬季オリンピック」伊藤耕一
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冬季オリンピックが始まりました。
ソウルオリンピックがきっかけで韓国語を勉強してみたいと思った自分のように、イタリア語を勉強してみたいと思う人もいるのだろうなと思いながら観ています。
当時、テレビでハングルで書かれた国名のプラカードを見て「どうやって読むのだろう?」と思ったのが私が韓国語を勉強してみたいと思った一番のきっかけでした。

学生の頃、半年だけイタリア語を習ったのですが、イタリア語でも同じような疑問を持ちました。

「アルファベットをどうやって読むのだろう?」
例えばイタリア語で日本と韓国と中国はこのように表記されます。
日本:Giappone(ジャッポーネ)
韓国:Corea(コレア)
中国:Cina(チナ)

基本は「ローマ字読み」と習いましたが、例えば「Co」は「コ」、「Ci」は「チ」と読むことに最初は戸惑いました。

日本語のか行・ちゃ行・が行・じゃ行の各音をイタリア語で表記すると次のようになります。

かきくけこ
cachicucheco
チャチチュチェチョ
ciaciciucecio
がぎぐげご
gaghigughego
ジャジジュジェジョ
giagigiugegio

同じアルファベットを使っても後ろの母音によって子音の発音が変わることを興味深く思いました。
これを見て、言語は音が先にあってその音に文字を当てはめたのだなと認識したことを思い出しました。

また、韓国語と日本語では「同じ漢字」を使う語彙がたくさんあり、発音から漢字を類推してその意味が分かることがよくあります。
初めて聞く単語でも前後の文脈から類推して分かることもあります。
語彙や発音で日本語⇔韓国語⇔中国語間で関連する単語の性質のようなものを、イタリア語⇔英語間で感じたことがあります。

例えばこのような単語はイタリア語と英語の間の関係性を示唆し、イタリア語と英語を結びつけることができます。

英語イタリア語意味発音
machinemacchina機械マッキナ
longlungo長いルンゴ
citycitta都市チッタ
perfectperfetto完全なペルフェット
numbernumero番号ヌメロ

「どうしてこのように単語が似ているのか?」と当時先生に尋ねたことがあります。
似ている単語のほとんどは、ラテン語由来の単語であることが理由だと説明を受けました。
昔のヨーロッパは「ローマ帝国≒今のイタリア」が中心地で、ローマから周辺の国々に言葉が伝わって行ったとの説明でした。
これは、昔の東アジアで中国から周辺の国々に言葉が伝わって行ったのに似ています。

テレビを見ながら、時々聞き取れるイタリア語に耳を傾けながらオリンピックを楽しみたいと思います。

通信560 「AIの作文」 伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第560号 (2025年12月5日発行)
 「AIの作文」伊藤 耕一
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最近、調べ物をする時にAIを使うことが多くなりました。

短い質問を投げかけると、回答の後に「関連することも調べましょうか?」などと提案をしてくれます。

何度かその作業を繰り返すと、自分が欲しい答えが出てきたりして、思いつきで要領を得ない質問を投げかけても、それなりの答えにたどり着けるのが素晴らしいと思います。

しかし、信憑性が低いと感じる時もあり、そんな時はGoogleで調べて反証したりしています。

今回は、「日本と韓国のキャッシュレス文化の違い」というテーマで800字で書いてもらいました。

日本と韓国は地理的に近く、文化的にも共通点が多いとされるが、キャッシュレス文化に関しては大きな差がみられる。韓国では、レストランやタクシーだけでなく、市場や屋台にまでデジタル決済が浸透している。スマートフォン一つでほとんどの支払いが完結し、現金を持ち歩く必要がない。一方、日本ではキャッシュレス化が進みつつあるものの、依然として現金を選ぶ人が多く、国民の“現金への安心感”が根強く残っている。

この差の背景には、歴史的・社会的要因がある。韓国は1990年代後半の通貨危機を契機に、経済の透明性向上を目的として政府がクレジットカード利用を積極的に後押しした。利用額に応じた所得控除も導入され、短期間でカード文化が定着した。その後はスマートフォン普及率の高さがアプリ決済をさらに広げ、国民全体が自然にキャッシュレスへ移行していった。

一方、日本は治安が良く、偽札の心配が少ないことから、現金利用が長く便利で安全とされてきた。また、高齢者の割合が高いことも、急速なデジタル化が進みにくい要因となっている。店側も「現金のままで問題がない」という意識が広く、導入コストを嫌ってキャッシュレスに踏み切れない小規模店舗も多い。

興味深いのは、キャッシュレス化が生活様式にも違いを生んでいる点である。韓国では「KakaoPay」などのアプリで友人同士の送金が簡単にでき、割り勘もメッセージ感覚で行える。対して日本では、近年は「PayPay」や「LINE Pay」が普及してきたものの、現金での割り勘が依然として一般的である。

しかし、日本にも独自の強みがある。多様な決済方式が併存し、SuicaやPASMOといった交通系ICカードの利便性は世界的にも評価が高い。また、安全性や個人情報への意識が高く、慎重にキャッシュレスを取り入れる姿勢は安定した社会の特徴ともいえる。

韓国の大胆なデジタル化と、日本の段階的な移行。どちらが優れているという話ではなく、両国のキャッシュレス文化は、それぞれの社会の価値観や歴史を映した姿といえる。異なる道を歩みつつも、両国は確実にキャッシュレス化の波を受け入れ、より便利な社会へと進んでいる。

言い回しの好き嫌いや、対立的な表現にやや違和感がありますが、それなりの完成度だと思います。「そうなんだ。」と、つい信じてしまいそうになりますが、今の韓国が本当にそんな世の中になっているのか、反証のために見に行きたいと思いました。

通信542「ハングルを勉強したくない」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第541号(2025年7月28日発行)
「ハングルを勉強したくない」伊藤耕一
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幡野先生の通信を拝見し、「ハングルは一切勉強したくない、覚えたくない」との一言が私に刺さってきました。
その気持ちはとてもよく分かるなあと。

昨年、カンボジアを訪れた時に、クメール語の文字がタイ語の文字によく似ているなあと感じたことを思い出しました。
試しに両言語の文字をを書いてみると、、、
អរុណសួស្តី
สวัสดีตอนเช้า

両方とも「おはようございます」という意味で、発音をカタカナで書いてみると次のようになります。(Google翻訳で聞こえた音をカタカナで表記したものです。)
アロンスオースタイ
サワディトンチャーオ

次に、たいへん失礼ながら、ふたつの言語の文字を混ぜてみました。
អរុสวัสดีណตอนសួស្តីเช้า
残念ながら私には両言語の文字の違いを識別することができません。
私がクメール語やタイ語を学ぶことになったら、私自身も「対話はできるようになりたいが、文字は勉強したくない」と言ってしまいかねないなあと思いました。

もし私が教える立場で、両言語の文字を教えるとしたら、どのようにするだろうかと考えてみました。

少し遠回りかも知れませんが、両言語の成り立ちの歴史や、なぜこのような文字が編み出されたのかを教えてみて、少しでも文字に興味を持ってもらうのが良いような気がします。

日本語のひらがなは漢字の崩し書き、カタカナは漢字の一部の取り出しでできていて、中学校でそれを教わった時に「そうだったのか」と興味を持ったことを思い出しました。

そこで、Chat GTPに尋ねてみました。

なるほど、インドのブラーフミー文字が起源で、クメール文字がタイ文字に影響を与えたことが分かりました。
だから似ているのですね。

タイ文字は13世紀に制定され、やはりクメール文字の影響を受けていることが分かります。

両言語とも子音と母音の数が半端なく心折れそうになりそうですが、この文字を覚えたら東南アジアや南アジアといった他の言語の文字にもつながりそうで、少しやる気が出そうな気がしてきました。
「アブギダ」という文字を初めて見ましたが、まず子音を書いて母音は付加的に上下に書くシステムの文字体系の名前とのことで、これを知ってから両文字を見ると「なるほど」と思いました。

また「アブギダ」は「いろは」や「アルファベット」と同様に順番に並んだ文字の最初の4つを発音したものだそうです。
これに対するものとして「アブジャド」というものもあり、これは古代フェニキア文字が元祖で子音だけを書いて行くシステムだそうです。
すると「母音はどのように表記するの?」という疑問が生じますが、切りがないのでここまでにしたいと思います。

私自身は、韓国語を勉強するならハングルは覚えた方が良いと考えます。
どうすればハングルを勉強したいと思ってもらえるか、私も考えてみたいと思いました。

※この原稿の下書きを書いた直後に、カンボジアとタイの武力紛争のニュースが入ってきました。意図せずこのタイミングでの配信となってしまいましたが、この通信は紛争に対する特段の意図がないことを申し添えます。これ以上の拡大がないことを祈っています。

通信533「マレー語のその後」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第533号 (2025年5月31日発行)
「マレー語のその後」伊藤耕一
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マレーシアから帰国し、早くも10ヶ月が経過しようとしています。
食事、生活、気候、仕事、などなど、元の日本の諸習慣が自分の中にやっと戻ってきました。

10か月前、職場の皆さんがフェアウェルパーティーを開いてくださり、マレー語でスピーチしたことを思い出しました。
この時は原稿を書いて、事前に読む練習をして、話す内容を覚える努力をしてからスピーチに臨みました。
2〜3分の内容でしたが、覚えた単語を頭から絞り出すような感じでゆっくりと、時々原稿に目を落としつつ話した記憶があります。
初級の学習を終えた学習者くらいの実力だったかと思います。

日本に帰国してから、マレー語で話す機会はメッキリ減りましたが、ふとした瞬間に簡単なフレーズをマレー語に訳すとどうなるかを考えることが増えました。
もし、今マレーシアに行って、当時の仲間と出会ったらどのように声を掛けるだろうかと考えながら、頭の中で作文する感じです。
これは学生時代の韓国語学習中にもやっていたことです。
例えば、このような感じです。
 
久しぶりですね。
Lama tak jumpa.
Long time no see.
 
元気でしたか?
Apa khabar?
How are you?
 
日本に戻ってから、もう10ヶ月も経ちました。
Suda sepuluh bulan berlalu sejak saya kembali ke Jepun.
Already ten month passed since I returned to Japan.
 
そして作文を続けていると、知らない単語や忘れた単語が出てきます。
日本に戻ってからもマレー語の勉強を続けています。
Saya ? belajar Bahasa Melayu ? saya kembali ke Jepun.
I still study language Maley after I returned to Japan.

このように頭の中で作文した時に「”still” や “after”はマレー語で何だろう? 忘れたなあ。」と思い、Google翻訳で調べて単語を当てはめてみるようなことをしています。
こんな時に「韓国語の基本文法が分かった頃にも同じことをしていたなあ。」と過去の自分を思い返します。
頭の中ではスラスラと作文できて話せるような気がするのですが、音声でアウトプットしようとしてもスムーズに単語が出てこなかったことを思い出します。
学生の時に、音声でアウトプットしないと定着しないことを、痛いほど体験したので、マレー語はできるだけ声に出してみるようにしています。
最も効率的に定着するのは、実際に話して間違えてその間違いを指摘された時だと私は思っていますが、時々通話アプリで友人と話をすると、間違いを指摘してくれることがあり、ありがたく思います。

このような自習とアウトプットを繰り返しながら、次にマレーシアに行った時に、友人たちを驚かせられるようなマレー語を話せる自分になることを目標にしている今日この頃です。

通信525「地球の歩き方」伊藤 耕一

【週刊ハンガンネット通信】第525号 (2025年3月17日発行)

「地球の歩き方」 伊藤耕一
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先日、実家に帰った時に「地球の歩き方 韓国 ’92〜’93版」を見つけました。今から32年前、私が学生の時に買った本です。私が初めて韓国に行ったのは1993年の夏、大学3年を修了し休学中の時でした。

まず思い出したのは、初めての韓国で食べた食事です。ガイドブックにあるものを端から試して食べました。
갈비탕, 설렁탕, 곰탕, 해장국, 매운탕, 떡국, 냉면, 칼국수, 삼계탕, 비빔밥, 순두부찌개…
辛いのか辛くないのかよく分からずに注文し、辛さに悶絶したこともありました。

当時は金浦空港に降り立って、ソウルまで路線バスで移動したことを思い出しました。最初に支払ったウォンだったせいか、うっすらと記憶があり「確か500ウォンくらいだったのでは」と思い、ペラペラとページをめくると「空港バス 料金:W580 ワンマンバスなので、運賃は乗車時に支払う。」と書いてありました。学生だったので、時間よりもお金を優先する旅でした。

この時は同級生が語学堂に留学中で、彼と待ち合わせて半日ほどソウル市内を案内してもらいました。「バスに乗るので『トークン』を買った方が良い。」と教えてもらい、キオスクのおばちゃんから買いました。穴の開いたコインを乗るたびに料金箱に入れて「とても合理的な支払い方だ。」などと当時は思っていました。当時の日本の路線バスは160円とか180円を現金で料金箱に入れていて、いちいち両替が必要でしたので、トークンというシステムにはとても感心しました。

都市間の移動は統一号という急行列車を利用しました。ソウル⇒温陽⇒全州⇒麗水⇒忠武⇒鎮海⇒釜山⇒大田⇒ソウルと移動し、2週間ほど旅したような記憶があります。当時は、李舜臣のことをテーマに卒業論文を書こうと考えていて、ゆかりの地を訪ねようと考えていました。

セマウル号や無窮花号は高いと思って統一号を使ったのですが、ソウル⇔釜山間の値段はこのように書かれています。
セマウル号:W16,400(250分)、ムグンファ号:W9,000(290分)、トンイル号:W6,600(326分)。
ソウル⇔釜山間が当時のレートで約1,000円、5時間半の旅だったことに改めて驚きます。
今のKTXはW59,800(最速135分)とのことで、隔世の感を感じます。

麗水⇒忠武の移動は엔젤호という高速船に乗りました。亀甲船が行き交ったという海域の美しさは忘れられません。

時間を見つけて、韓国に旅に出たくなってきました。