通信586「言語の勉強」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第586号(2026年6月25日発行)

「言語の勉強」伊藤耕一
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マレーシアから帰国して間もなく2年になります。
振り返ると、マレーシアに行くことが決まったのが2020年、そこからマレー語の勉強を始めて足掛け6年が経ちました。
コロナの影響で渡航は2021年の12月になり、約3年間をマレーシアで過ごしました。
それまでのおよそ4年間で、3歳児レベルの語学力(自分の言いたいことはだいたい言えるが、相手の言うことは分かる時と分からない時がある)になったと思っています。
その後も時間を見つけてはSNSにマレー語で投稿したり、時々友人と話をしたりしてきました。

今は頭の中で簡単なマレー語作文をしては、分からない単語があると調べて、作文にあてはめてといったことをしています。
これは学生時代に英語や韓国語でもやっていたことです。
頭の中で作文すると、それがスラスラと喋れそうな気がするのですが、実際にアウトプットをしてみると作文した文章とは違うことを言ってしまったり、発音を間違えたりしたことが学生時代にはよくありました。

私のマレー語は、今その段階にあります。
口から出た後に気付くのですが、そのようにして間違えた文章は強烈な恥ずかしさと共に次には絶対に間違えないぞという気持ちが沸き上がり、本当に少しずつですが徐々に上達してきたように思います。

学生時代はSNSや翻訳ソフトがなかったので、話すくらいしかアウトプットする機会がありませんでしたが、今は翻訳ソフトでチェックしてSNSに投稿することができます。

先日、スーパーでマレーシアのお菓子が売られているのを見つけ、こんな投稿をしました。
Saya jumpa snek manis dan sedap Malaysia di Jepun satu lagi.
(私は、また、マレーシアの美味しくて甘いお菓子を日本で見つけました。)
最初は、このように作文しました。
Satu lagi, saya jumpa snek manis dan sedap Malaysia di Jepun.
(それからもう一つ、日本でマレーシアの甘くて美味しいお菓子を見つけました。)
Google翻訳では、このように訳出されます。

日本語では「また」が最初の方に来るので「satu lagi」を最初に持ってきましたが「それからもう一つ」は意図しない意味でした。
そこで「satu lagi」を最後に持ってきたらこのような訳になりました。
(日本でまた別の甘くて美味しいマレーシアのお菓子を見つけました。)
数ヶ月前に別マレーシアのお菓子を日本でみつけて、今回再び別のお菓子をみつけたので、後者の方がしっくりくる訳文だと思い、これを投稿してみました。

副詞の位置関係の違いでどれほどの意味の違いがあるのかを判断する力はありませんが、Google翻訳を信じれば多少の推敲ができそうな気がしています。
いちおうマレー語を自分の力で書いてみて、その後チェックするようにしていますが「私は、また、マレーシアの美味しくて甘いお菓子を日本で見つけました。」をGoogle翻訳で訳したらこんな素晴らしい文章が訳出されました。
Saya juga menemui beberapa makanan Malaysia yang lazat dan manis di Jepun.
これはとても整ったマレー語で私が知らない単語が使われています。
今の私の実力では書くことのできない文章です。
あと何年勉強すればこんな文章が書けるのかと思うのですが、このような試行錯誤をもうしばらく続けてみようという気持ちになりました。

便利な世の中になったので、学校の外国語作文の授業では翻訳ソフトを使って作文する学生さんがいるような気がします。
しかし、試行錯誤のない語学の勉強は本当の力には繋がらないように思います。
自分で考えて試してみて、間違ったら直し、改善のアドバイスがあったら素直にそれを受け入れるようなやり方が上達の王道ではないかと改めて感じました。