通信517 「外国語の数字」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第518号 (2025年1月14日発行)

「外国語の数字」伊藤 耕一
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言語を学ぶ時、最も実用的なものは数字だと思います。
海外旅行に行くと、航空機の便名・搭乗ゲート・座席番号・時刻などの識別に数字が必要ですし、買い物する時は必ず数量と金額が数字で表示されます。
最近はアプリの中に航空券情報が表示されたり、ほとんどの決済がキャッシュレスなので、会話がなくとも搭乗や買い物に困る場面は減りましたが、市場で買い物して値切る時など必ず数字の会話が必要になります。

私の場合、初めて韓国に行った時「십일만원」と「십이만원」の違いが瞬時に分からず、とまどった記憶があります。
今回は昨年の私の数字にまつわる失敗談です。

マレーシア滞在時、インドネシア、カンボジア、ベトナム、ミャンマーに旅行に行きました。
この4か国の通貨はゼロが多く並ぶのですが、本日時点のレートは次のようになります。
・インドネシアルピア 1,000円≒103,443ルピア (100K≒1,000円)
・カンボジアリエル  1,000円≒ 25,789リエル (100K≒4,000円)
・ベトナムドン    1,000円≒161,312ドン  (100K≒ 600円)
・ミャンマーチャット 1,000円≒ 13,336チャット(100K≒7,000円)

4か国ともそれなりに英語は通じるのですが、苦労したのは、ぼったくられていないかどうかの判断です。
例えば食事をしたとき「20万ドンです。」と言われますが、瞬時に1,300円くらいだからOKなどと判断しなければなりません。
しかしベトナムでは靴磨きに私はぼったくられてしまいました。
「70万ドン」と言われたのですが「7万ドン」と思い込んでしまったのです。
「7万ドン≒500円」なのですが、不注意にも「500000+200000」のお札を7万ドンだと思い込んで渡してしまいました。

お札には、日本円もそうですが、コンマが書かれていないこともあり、見間違えたのです。(写真はインドネシアルピアです。)
お札の違いは「色」で識別することが多いと思いますが、ドン紙幣の色は初見で、瞬時に識別できなかったこともあります。
渡したお金は相手の言った金額とは合っていたのですが、自分の中では「50000+20000」のお札を渡したつもりでした。
「70万ドン≒5,000円」なので、この時に瞬時に判断できれば「高すぎる」と交渉できたと思うのですが、後の祭りとなってしまいました。

その後の旅行では気を付けるようにしましたが、なぜ間違えてしまったのかを考えてみました。
この4か国では「70,000」を「70K(Seventy K)」と千の単位で呼び、「1,000,000」を「1 million」と百万の単位で呼びます。
「1 millionドン≒6,000円≒百万ドン」「100Kドン≒600円≒10万ドン」と、「万」を単位に頭の中で考えてしまい、「万=K」と勘違いしてしまったようです。
韓国ウォンは、1,000ウォン≒107円なので、ゼロをひとつ取ればおよその円換算ができ、間違えることはないだろうと思いますが。

ちなみに、ぼったくりの危険度で東南アジア諸国を並べると、ベトナム>タイ>カンボジア>インドネシア>ミャンマー>マレーシア>シンガポールというのが私の体感です。
皆様も旅行の際には是非お気を付けください。

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通信509 「ハングルの歴史」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第509号 (2024年11月5日発行)

「ハングルの歴史」
伊藤耕一
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11月4日は私の通信の当番ですが、実は何を書こうか迷っていました。
トピックを探そうとウェブサイトを見ていると、こんな文字を見つけました。
「今日の歴史(11月4日)1933年:朝鮮語学会がハングル正書法の統一案を発表」

少し驚いたのは、1933年にこのような発表があったという事実ですが、その内容にも興味を惹かれました。どのような統一案だったのか知りたくなり、ChatGPTに尋ねてみました。

1933年の朝鮮語綴字法統一案は、朝鮮語の表記法を統一するための提案です。
この案は、当時の朝鮮半島で使用されていたさまざまな綴り方や表記法を整理し、標準的な綴字法を制定することを目的としていました。

この統一案は、主に以下の点を重視しました。
1.音韻の正確な反映
2.簡便さ
3.使用の普及

さらに「1933年の朝鮮語綴字法統一案では、具体的にはどのように、音韻を正確に反映させようとしたのですか?」と尋ねてみました。
その回答は次のとおりです。

1933年の「朝鮮語綴字法統一案」は、韓国語の綴りを標準化するために策定されました。
この統一案は、それまで不統一で曖昧だった表記法に対して、特に以下の方法で音韻を正確に反映させることを目指しました。

1. 表音主義に基づく表記
音声の違いを文字に正確に反映させる「表音主義」に基づく表記が採用され、音声をなるべく忠実に表記しようとしました。
これにより、発音に合わせた形での標準的なつづりが定められ、韓国語の語彙がより一貫した形で書かれるようになりました。

2. 濃音と激音の区別
濃音や激音のような韓国語特有の発音も明確に区別されるようにしました。
これにより、単語の意味が混同されないようにし、音韻体系に沿った正確な表記が可能になりました。

3. 終声規則の整備
音韻的に異なる終声(パッチム)の音を統一的に反映させるため、終声に使用できる文字を「ㄱ、ㄴ、ㄷ、ㄹ、ㅁ、ㅂ、ㅇ」に制限しました。
これは、口語の発音と整合性を持たせつつ、書きやすく統一的な表記を目指したもので、現代の綴字法にも影響を与えています。

4. 表記の簡略化と一貫性の確保
「同音異義語の表記法」の整備により、同じ発音を持つ異なる単語においても、文脈に基づいた表記の統一が図られました。
これにより、発音が同じでも意味が異なる単語の区別がしやすくなり、言語使用における一貫性が向上しました。

5. 漢字語のハングル表記
当時は漢字語の使用も一般的でしたが、この統一案では漢字語の表記をハングルに置き換え、表音的な表記で綴ることが推奨されました。
これは朝鮮語の発音を尊重した表記法に寄与し、漢字を理解しなくても発音から意味を把握しやすくなるよう工夫された点です。

短時間で調べて全てを理解するのは難しいのですが、次の2点は何となく理解できたように思いました。
・終声に使用できる文字を「ㄱ、ㄴ、ㄷ、ㄹ、ㅁ、ㅂ、ㅇ」に制限しました。
⇒これは「発音の制限」のことかと思いましたが、昔の韓国語はもっと多様な終声の発音があったということでしょうか。
⇒長野県人は「を」の文字を「Wo/워」と今でも日常的に発音する傾向がありますが、このような多様性があったのかなと想像しました。
・この統一案では漢字語の表記をハングルに置き換え、表音的な表記で綴ることが推奨されました。
⇒この「表音的な表記」のおかげで、漢字語の音を耳にした時に、その音を頼りに元の漢字を類推できるのではないかと思いました。

ふと目にした記事でしたが、もう少し詳しく知ってみたいとも思いました。
詳しくご存じの方がいらしたら、是非教えてください。

通信501  「マレーシアから帰国しました」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第501号(2024年9月5日発行)

「マレーシアから帰国しました」 
伊藤耕一
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先月お盆前にマレーシアから日本に戻ってきました。
マレーシア滞在は2年8ヶ月となりました。

私のマレー語が最終的にどうなったか、報告したいと思います。
自己評価は「3歳児レベル」。その心は「自分の言いたいことは話せるようになったが、相手の言っていることは分からない時もある。」こんなところです。
最初は全く聞き取れなかったのが、体感的には半分くらい聞き取れるようになり、聞き取れない単語は類推することで全体の意味は何となく理解できるようになりました。
品詞ごとに分析してみると、こんな感じです。

語順
・英語の語順に似ているので、頭の中で「英語⇒マレー語」と変換すれば、初歩的な表現であれば、だいたい通じます。「日本語⇔韓国語」の関係に似ています。

発音
・ほぼローマ字読みですが「E」は「에」または「으」発音するのですが、「으」と発音することが多いので「E」は「으」と発音しておけば無難です。
・「A」は語末に来ると「으」と発音する場合がありますが、個人差もあり「아」と発音する人も多いので、「아」と発音しておけば良いでしょう。
・韓国語のパッチムのように語尾の子音は内破音になるので、韓国語学習者にはアドバンテージがあります。(ただし母音との連音はない。)
(例)Sedikit(少し):スディキッ、Selamat pagi(おはよう):スラマッパギ、Jempa esok(また明日会いましょう):ジュンプエソッ
・抑揚とアクセントは英語ほどハッキリしておらず、日本語程度の抑揚とアクセントだと思っています。
・マレー語はインドネシア語と似ています。マレーシアは英国の、インドネシアはオランダの植民地になって以降、それぞれ英語由来、オランダ語由来の単語が持ち込まれ、違いが出て来たそうです。インドネシアでは英語が通じにくく、私のたどたどしいマレー語を話すとむしろ意思疎通できて喜ばれました。

名詞・代名詞
・これ、それ、私、あなた、かれらといった代名詞は覚えました。
・見たり聞いたり食べたり飲んだりした名詞は覚えました。
・普通名詞は、あいさつやごく日常的な名詞(時間、買い物、旅行、仕事で使う一部の単語)は覚えましたが、覚えたのはせいぜい数十かと思います。
・語彙を増やすには「学習(学校に通ったり、テキストを読んだり)」が必要ですね。生活と仕事を通じてのみで覚えるのには限界があります。

動詞・助動詞・形容詞・副詞
・こちらも、あいさつやごく日常的な単語は覚えましたが、やはり語彙数は合計で数十かと思います。
・動詞は活用(過去形や複数形)がなく、助動詞と副詞の併用で時制や可能などを表現するので原形だけを覚えるだけで良いのはメリットです。
(例)Selamat datang:いらっしゃい(現在)、Saya datang ke Malaysia semalam.:私は昨日マレーシアに来ました(過去)、Dia akan datang esok.:彼は明日来る予定です(未来)
・形容詞は名詞の後ろから修飾することに注意が必要です。
・副詞はどの位置に入れてもほぼ通じるのであまり気にしないことにしました。
・名詞の前に「Ber」を付けると動詞になるというジョーカーのような接頭語があり、これには助かりました。
(例)Bahasa:言語⇒Berbahasa(ブルバハサ):話す、Cuti:休暇⇒Bercuti(ブルチュティ):休む、など
・文章や単語の最後に「ka?」付けると疑問文になります。
(例)OK ka?:OKですか?、Understand ka?:わかりましたか?

関係代名詞
・「yang」という関係代名詞を使うと英語と同様に文章をつなぐことができます。
・Di Jepun, saya junpa orang yang saya jumpa di Korea.(日本で、私は韓国で出会った人と会いました。)

マレー語は全体としては比較的習得しやすい言語だと思います。
当地で外大マレー語学科出身の方に大勢会いましたが「文法の授業は簡単で、大学1年の半分で終わってしまって。ロシア語学科に行かなくて良かった。」とおっしゃる方がいました。
私も「韓国語の文法は『日本語とほぼ同じだから、分かりますよね?』と先生に言われて軽く流されることがよくあった。」と言うと、「お互い良かったね。」などと返されたりもしました。

本当はあと数年いたかったのですが、こればかりは私の希望も叶わず、断腸の思いで日本に戻って来ました。
最後の2ヶ月は頭の中での「英語⇒マレー語」変換ができ始めた頃で、あと半年あればなあとも思っています。
マレー語は習得しやすくインドネシア語に近いので、母語話者として2億人くらいの人とコミュニケーションできるという、日本語や韓国語を超える部分がある言語だと思います。
成果の出やすい第3外国語としてもお薦めできます。

将来は花粉症から逃れるために、あの時期にマレーシアで過ごせるようになればいいなと個人的には思っています。
とても良い国ですので、皆さんも機会があれば、是非マレーシアを訪れてみてください。

通信492 「マレーシアの日本語教育」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第492号(2024年7月1日発行)
マレーシアの日本語教育 伊藤耕一
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先日、あるイベントに参加しました。
そのイベントにあてがわれた会場は日本語を教える教室のようでした。
イベントの合間に教室内を歩いていたら、写真のような教材を見つけ、思わず写真を撮ってしまいました。
それは日本語の動詞の五段活用を教えるために作られた手作りの教材です。

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なるほど、マレーシアではこのように日本語文法を教えているのだなと、新鮮な発見をした気持ちになりました。
この教材を見て日本語母語話者である私が発見したことを書いてみたいと思います。

①「あかさたなはまやらわ」でなく「あかがさざただなはばぱまやらわ」という順番で五十音表を作る。
日本語母語話者にとって、濁音と半濁音を五十音表に混ぜるという発想は、あまりないのではないかと思います。
しかし、音声学的に考えると「かが」「さざ」「ただ」「ばぱま」を並べるのは理に適っています。
このように並べておけば、発音が似ている音どうしの違いを説明しやすいなと思いました。
もし、将来日本語を教える機会があれば、参考にしたい教え方です。

②「う」で終わる動詞は「あ行」でなく「わ行」で活用する。
これは盲点だと思いました。
「あ行」に単語の例示がないのはなぜだろうと思ったら「わ行」のところにありました。
その理由は未然形の活用をした時に「う」を「わ」に変えるからですね。
私は無意識に「あ行」に意識が行ってしまいましたが、文法を考える時には「わ行」なのだということが新鮮な発見でした。

③「ず」「づ」「ふ」「ぷ」「ゆ」で終わる動詞は現代語には存在しない。
日本語母語話者は感覚的に理解できていることですが、この5音で終わる動詞はありません。
古語にはたくさんありますが、現代語にはない、そんな気付きをくれました。
おそらく「この5音で終わる動詞はない」と教えれば、日本語学習者には分かりやすいのでしょう。
このように、形式的に説明できる場面ではそのように教えた方が文法が定着しやすいように思いました。

④動詞を活用し語尾に「て」「で」「って」「んで」/「た」「だ」「った」「んだ」のどれを付けるのかは、意外とややこしい。
これも日本語母語話者は感覚的に理解できることですが、日本語学習者には次のように教えるのでしょう。
「く」で終わる動詞:「く」を「い」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「ぐ」で終わる動詞:「く」を「い」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「す」で終わる動詞:「す」を「し」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「つ」で終わる動詞:「つ」を「っ」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「ぬ」で終わる動詞:「ぬ」を「ん」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「ぶ」で終わる動詞:「ぶ」を「ん」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「む」で終わる動詞:「む」を「ん」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「る」で終わる動詞:「る」を「っ」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「う」で終わる動詞:「う」を「っ」に変え「て」及び「た」を接続させる。
韓国語の動詞形容詞の活用と遜色ないほどのややこしさだと思いました。
この活用を我々日本語母語話者はどうやって幼児期に習得するのか、とても興味深いとも思いました。

日本語を教える時には、これ以外にも分かりやすく教える方法があるはずです。
「日本語を教えて」と言われ「いいよ」と安請け負いしてしまいそうですが、このようなテクニックを体系的に知っている人から教わるのと、無知な人から教わるのとでは、その後の上達に雲泥の差が出そうだなとも思いました。
韓国語の教授法にも似たところがあり、私自身、ひとつひとつ文法を覚えた行ったのですが、そのように体系的に学ぶことは大切だなと改めて思いました。

余談ですが、あるイベントとは将棋大会でした。
私は将棋が趣味で、クアラルンプール日本人会の将棋クラブに入れてもらっています。
この11月に東京の将棋会館で世界大会が開かれるのですが、そのマレーシア代表を決める大会を行うということで、その運営に携わりました。
私はマレーシアのローカルの将棋クラブにも参加しているのですが、そのクラブの将棋仲間が代表に決まりました。
彼はまだ20歳前ですが、彼との通算の対戦成績は私の3勝6敗くらいで、私よりも強い青年です。
是非、大会では良い成績を納めてもらいたいと思います。

通信486 「日本語的な表現」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第487号(2024年4月30日発行)

「日本語的な表現」
伊藤耕一
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4月に半年ぶりに日本に戻って、数週間を過ごしています。
聞こえてくる言葉がほとんど聞き取れるというのは、とても楽なことだと、帰ってくるたびに感じます。
その中で、日本語的だなと感じた表現について書いてみたいと思います。

歯だけは、外国で治療を受けようと思っても海外旅行保険が適用されず高額になることがあるため、一時帰国するたびにクリーニングとチェックをしてもらっています。
今回のチェックでは、幸い虫歯はありませんでした。
その時の歯科衛生士の言葉に、このような表現がありました。
「それでは、上の歯から順番に診て行きますね。」
何気ない表現なのですが、少し違和感のようなものを感じました。

このような表現を英語にすると、こんな感じになろうかと思います。
“OK, let’s check from the upper teeth.”
直訳すると「それでは、上の歯から診ましょう。」といったところでしょうか。

私が気になったのは「診て行きます」という部分です。
英語なら「診ましょう」で済むのに、この場合は「診て」に「行く」を付け加えないと、日本語では少しもの足りない印象を個人的に感じます。
皆さんは、そのように感じられるでしょうか。

ここからは、私の個人的見解ですが「診て行く」のように「診る」と「行く」の2つの動詞を繋げないと、全ての歯の検査をしてもえないような気がしました。
一方で英語は「from」があれば「check」される歯は全てであると解釈できるような気がします。

私の場合、歯の治療はつい身構えがちになる(突然、痛みやしみを感じるのではないかという恐怖に備える)ので、こんな重たいことを言われると、その恐怖が増幅されるような気がします。
なので、できるだけリラックスした状態で治療を受けたいと思います。
そんなことを考えているうちに歯のチェックは終わり、年齢の割には歯茎の出血が少なく悪くはない状態とのコメントをいただき、歯磨きのブラッシングに気を付けるようにとのお話があって診察は終わりました。

「それでは、上の歯から順番に診て行きますね。」を無理して英語に逐語訳すると、こんな感じかと思います。
“OK, I will go and check your upper teeth first.”
家に戻ってから検証のためにDeepLで日本語に訳してみると、は「では、まず上の歯を診てきます。」となりました。通じないこともないようです。

もう一度「それでは、上の歯から順番に診て行きますね。」をDeepLで訳してみると、こうなりました。
“I will now examine the upper teeth first.”
これも悪くはないと思いますが、”OK, let’s check from the upper teeth.”と比べると、少し重たい感じがします。

また「それでは、上の歯から順番に診て行きますね。」をDeepLで韓国語に訳してみました。
「그럼 윗니부터 차례로 진료해 보겠습니다.」
私は韓国で生活したことがないので「차례로」が自然な表現なのかどうか、よく分かりません。
私の第一感では「순서대로」とか「하나씩」が浮かんで来ましたし、「진료해」も今回はチェックなので「확인해」くらいかなと思っていましたが、いかがでしょうか。

自動翻訳が手軽にできるようになったのは良いことですが、翻訳結果が自然なのか適切なのかの判断は、まだ人間がしなければならないなと、そんなことを考える機会となりました。

通信476 「外国語脳を作る」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第476号 (2024年2月12日発行)

「外国語脳を作る」 
伊藤耕一
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マレーシア生活も3年目に入りました。
最近困ったなと思うのは、単語を覚えられなくなったことです。
英語や韓国語を勉強していたころは、新出単語を一度覚えれば、ほとんど忘れることはありませんでした。
しかし、今は、過去に覚えたはずの単語の意味が思い出せない、そんなことを毎日のように感じます。

そんな時に、このような動画を見ました。
https://youtu.be/kfMWelITPpg?si=FqpY6MC0mwUFUx2M

「韓国語脳を作るには」とのテーマです。
そのために必要な前提として、基本的な「単語・文法・発音」を身に付ける必要があるとの話がありました。
私のマレー語を振り返ると、このような感じです。
・単語 圧倒的に語彙力が低い。
・文法 語順、修飾被修飾、格、前置詞といった基本的な文法は、ほぼ覚えた。
・発音 スピーチの時の話は通じているので、問題なさそう。

ということで、動画の話に納得するとともに、私の場合は「単語」が課題であることを再認識しました。

その動画では、単語の覚え方として「イメージで覚える」ことを推奨していました。
つまり、韓国語の単語を日本語に変換することなく認識するような手法です。
振り返ってみれば、学生時代には英語も韓国語も難しい単語は逐語的に覚えるのではなく、イメージで覚えていたことを思い出しました。
例えば「따뜻하다は、暖かい日差し」「어지럽다は、グルグル回るめまい」などのイメージが頭の中にあります。
今でも言葉を発した時の音とそのイメージが結びつくような感覚があります。

翻ってこの2年間で覚えたマレー語の単語を思い起こすと、マレー語を英語に変換して逐語的に覚えてきたような自覚があります。
「Kesihatan=Health」「Keselamatan=Safety」「Belajar=Learn」「Bekerja=Work」「Sedap=Delicious」
つまり、イメージとして覚えていないことになります。

また、韓国語を教えていた時、「(外出先で)これから私の家に来る?」と言う時の「来る」は「오다」でなく「가다」を使わなければならないと言っていたことを思い出しました。
「逐語的に覚えてしまうと、実際に言葉を発する場面では不適切な表現になる場合があるので、なるべくイメージで覚えましょう。」「自分の所有物や所属先を言う時にも「내」でなく「우리」を使うことが多いです。」などと言っていたような気がします。
このようなイメージの絵と解説をホワイトボードに何度も書きました。

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しかし、欠点は、学習する側としては膨大な数のイメージの場面を覚える必要があり、教える側も膨大な数のイメージの場面を提供する必要があり、非常に手間がかかることです。
私はホワイトボードに絵を描くことが多かったのですが、本当はこのようなカードを用意しておくと、もっと効率的なのかも知れません。

私が韓国語を学習していた頃は、ふんだんな時間と旺盛な記憶力があったのですが、今は限られた時間と衰えた記憶力しかなく、これが一番のネックです。
いくつかのマレー語の単語を覚えたつもりが、翌日にはその半分ほどは忘れてしまい、まさに3歩進んで2歩下がるような感じです。
そうは言っても、マレー語脳を作るには、一歩一歩を積み重ねるように一語一語の単語を覚えて行くしかないなと思うのが、記憶力が衰えた学習者の開き直った本音のような気がしています。

通信466 「トライ&エラー」 伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第466号 (2023年11月29日発行)

「トライ&エラー」
伊藤 耕一
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マレーシアに来て、早いもので来月で丸2年になります。
気候が良く、優しい人々が多く、マレー・中国・インドの各民族の生活習慣や食文化は新しい発見ばかり、食べるものは安く美味しく、もうしばらくこちらで生活したいと思うようになってしまいました。
今回は丸2年で私のマレー語がどのようになったのか、振り返ってみたいと思います。

2年前は、耳に入ってくるマレー語は全く分かりませんでした。
今は知っている単語は聞き取って意味を理解できますが、例えばラジオだとパーソナリティが話す単語のうちの10~20%くらいしか分からないので「話のテーマ」は分かっても「具体的に何を話しているのか」はよくわかりません。

先日、車で移動中にラジオニュースを同僚と一緒に聞いていました。
「イスラエル」「パレスチナ」「4日」といった単語は聞き取れたので、ガザのニュースであることは分かりました。
その時は一緒に乗っていた同僚が「4日間の停戦交渉中だって。」と教えてくれたので、そのニュースを理解することができました。
この「停戦」「交渉」といった単語が聞き取れるようになればなあ、と思ったところです。
この2年で私のヒアリング力の「ざるの目」は少し締まってきたように思いますが、もっと締めて、ざるに残る音と単語を増やしたいところです。

話す方は、英語の構文で文章を作り、それをマレー語に直して行くと、ほぼ通じる文章になることが分かり、頭の中で英作文しては、一語一語をマレー語に置き換えて行くような作業をしています。
ハングルを頭の中で書いては話していた頃を思い出します。

例えば「明日、私はお客様との会議に行く予定です。」と言いたい時は、このように作文します。
Tomorrow, I will go for a meeting with a customer.
Esok, saya akan pergi untuk meeting dengan pelanggan.
検証のため、是非、Google翻訳にコピペしてみてください。⇒Esok, saya akan pergi untuk meeting dengan pelanggan.
マレー語⇒英語の翻訳は、ほぼ同じ結果が出てくるかと思います。

しかし、これを英語⇒マレー語にひっくり返してみると、こんな感じになります。
Esok, saya akan pergi ke mesyuarat dengan pelanggan.
Tomorrow, I will go to a meeting with a client.
この場合の前置詞は「untuk」よりも「ke」の方が良く、「meeting」は「mesyuarat」という単語を使った方が良いことが分かります。

今は短い単純な文章しか書いたり話したりしかできなないので大きな間違いはないと思いますが、高度もしくは複雑な文章はGoogle翻訳の結果の検証も必要です。
また、どちらかというと、書き言葉が訳出される傾向があるので、話し言葉として自然なのかどうかも確認したいのですが、今の実力ではそこまで到達できていません。

おそらく、少し変なマレー語を話す日本人だと周りでは思われているのではないかと思いますが、こんな感じのトライ&エラーを繰り返しながら、ひとつひとつ単語と会話文を覚えている段階です。
また、言いたいことは準備することで何とか話せますが、相手の返事を瞬時に理解して、自分の次の話を組み立てられないので、対話になりません。
この歳になると記憶力の低下を否が応でも自覚させられますが、語彙力は何としても高めたいとも思います。

マレー語は英語と親和性があり、韓国語は日本語と親和性があるのですが、韓国語を勉強し始めて丸2年くらいの学習者は、私と同じような作文をするのではないでしょうか?
間違っているとまでは言えないけど、直したいところがたくさんある。
なので、私が発するマレー語を聞いた時に、私の周りにいるマレー人は「こういう風に言った方がもっと良い。」などと教えてくれるのでしょう。

私の今のマレー語は大目に見て「下の上」くらいかと思いますが、私の韓国語学習の経験から想像すると、あと2年くらいすれば、「中の上」くらいにはなるのではないかと思っています。
言語の習得には、やはり度胸と時間とトライ&エラーが必要ですね。

通信457「講座の料金設定と講師の収入」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第457号 (2023年9月18日発行)

「講座の料金設定と講師の収入」
伊藤耕一
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幡野先生の通信に続き、私もお金にまつわる話題を書いてみたいと思います。

例えば、授業料をいくらに設定すれば良いか、これはとても悩ましい課題かと思います。
自宅の一室を利用して、半年コース(25回)の講座を複数設定しようとする場合、1回当りの講座料金もしくは、1コースの料金をいくらに設定すれば良いのでしょうか?
原則的には需要と供給の関係で決まってくるのですが、そのあたりの関係をどのように考えれば良いのか、飲食店の例を参考にしながら考えてみたいと思います。

飲食店業の場合、よく言われるのが「飲食店の原価は約3割が適正」という指標です。
「原価」とは飲食店の場合「食材費」のことを指します。
例えば1食1,100円のラーメンを考えた場合、スープ・麺・具材・調味料等が330円という意味です。
残りの770円は家賃・光熱水費・アルバイト等の人件費・広告宣伝費・設備の減価償却費・その他経費と利益ということになります。
利益が3割(330円)欲しいとすると、諸経費を440円以内に抑えなければなりません。

続いて、自分が1ヶ月でいくら稼ぎたいかを考える必要があります。
例えば月に手取り30万円くらい欲しいと思えば、額面ではザックリ40万円ほどの利益を得る必要があります。(税金・社会保険料を約25%と仮定。消費税は40万円の中から3万円ほどを納めなくてはならず、実質収入は37万円ほど。)

では、月に40万円の利益を得るには、いくら売り上げれば良いか?
それは「利益÷利益率」という算式で求められ、40万円÷30%=約133万円、月に133万円程度の売り上げが必要となります。
では、月に25日働くとして、一日いくらを売り上げれば良いか?
133万円÷25日=約53,000円となります。(売上121万円+消費税12万円=133万円)

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左側の表は顧客の目線で考えた視点、右側の表は、経営者の目線で考えた視点のイメージです。(万円単位で表示しているため、矛盾する箇所はご了承ください。)

次に、ラーメンを一日に何杯売れば良いか?
53,000円÷1,100円=49杯≒50杯、以下の計算では一日50杯としてみましょう。
続いて、1杯作るのに何分必要か?
もし10分なら、50杯×10分=500分=8時間20分、これだと休憩時間もなさそうです。
もし8分なら、50杯×8分=400分=6時間40分、休憩はできそうですが、仕込みや閉店後の清掃の時間は取れそうでしょうか?
このように考えながら、無理そうなら利益を減らす、あるいはアルバイトを増やして食数を増やし売り上げを上げることを考える、時短での調理法を考える、といったことを試行錯誤しながら考える必要があります。

また、これはひっきりなしにお客さんが来てくれる場合の想定ですが、閑古鳥が鳴いたらどうするかも考えなければなりません。
最悪の場合、一日25杯でもやって行けるだろうか? 食材が残ったとしてもロスにしにくい方法はないだろうか? 自分が風邪を引いたらどうしよう? 昨今の電気代やガス代や食材費の値上がりは1,100円で吸収できるだろうか? 等々、リスクについても考えておく必要があります。

韓国語講師の原価を考えるのは、経営方法によって千差万別なので、今回は自宅の一室を教室にして極力諸費用を抑え、自身の人件費のみが必要という前提で考えてみます。
自宅の一室なので、定員は1回当り8人としてみます。
90分授業を一日に4回、間に30分休憩を挟み(90分×4回+30分×3回=450分=7時間30分)、週に5日(月に20日)働くという前提にしてみましょう。

月に40万円を稼ぐには、40万円÷20日÷4講座÷8人=625円となるので、1人の受講生から1講座1回当たり625円の受講料を受け取ることができれば実現できそうです。
1講座25回(半年コース)とすれば、625円×25回=15,625円となり、受講料は1人当たり半年で約16,000円という計算になります。
しかし、全講座に8人が集まるとは限らないので、リスクを考えて半分の4人としてみると、受講料は1人当り半年で32,000円という計算になります。

つまり1回当り1,280円(32,000円÷25回)ですが、受講生は集まりそうでしょうか?
一日に4講座を1人でやって行けそうでしょうか?
このあたりが「需要と供給の関係」を考える場面になります。

もし難しそうであれば、40万円の稼ぎを35万円にしてみる、授業時間を60分にして一日の講座数を増やしてみる、プライベートレッスンを行い単価を上げてみる、オンラインの授業も行い遠隔地の方でも受講できるようにして定員を増やしてみる、平日の午前は休みにして、平日の夕方から夜にかけてと土日に授業をするようにしてみる、等々、条件を変えて試算することになろうかと思います。

いずれにしても、自分自身が満足できる収入を得つつ、受講生に料金をリーズナブルと感じてもらい、受講生が参加しやすい時間帯と手段で授業を行い、働き過ぎにならないように気を付け、リピーターを確保し、、、講師にとっても受講生にとっても持続可能なところで時間とお金の折り合いを付けることになるのだろうと思います。

何となく半年の講座で授業料40,000円とか50,000円などと上から考えるのではなく、1日当り売上〇〇円、1ヶ月当り売上〇〇円、1回当り受講料〇〇円と、受講生の立場も考えながら下から積み上げて計算してみるのが良いのではないかと個人的には思います。
このように考えておけば、価格競争に巻き込まれ価格を維持するか下げるかの判断を迫られた時や、コロナ禍のような減収があった時でも、根拠を持った対策が打てるのではないかと思います。
もしくは32,000円もらえば十分だけど、強気に40,000円に設定してみることも可能になります。

以上は、もし私が韓国語講師を専業でやってみたらどうなるだろうかと何年か前に考えた時の思考法ですが、少しでも皆様の参考になれば幸いです。

通信447 「外国語が突然聞き取れるようになる瞬間」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第447号 (2023年7月3日発行)

外国語が突然聞き取れるようになる瞬間 
伊藤耕一
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マレーシアに来て1年半が経ちました。
私がマレー語の勉強を始めたのは、マレーシアに行って欲しいと言われた翌週、2020年9月頃でしたので、そこから数えると、2年9ヶ月ほどになります。
テキストが欲しいと思い、長野県内の大きめの書店を訪れて探しましたが、インドネシア語のテキストは何冊もある一方、マレー語のテキストは1冊しかなく、選ぶこともなくそれを買い求めました。
これは後から知ることになるのですが、インドネシア語とマレー語は基本語彙は共通であるものの、インドネシアはオランダ語の語彙を受け入れ、マレーシアは英語の語彙を受け入れたため、植民地になった後に語彙や言い回しの違いが鮮明となり、意思疎通が難しい場面が出てきているとのことです。
またある方が「マレー語は抑揚の幅が小さく、インドネシア語はより抑揚の幅が大きい。」とおっしゃることを聞いたことがあります。
適切な例えかどうかは分かりませんが、青森弁で話す人と鹿児島弁で話す人が、共通語を使わずにお互いの方言で話すようなイメージなのかなと想像します。

話を元に戻しますが、2年9ヶ月と1年半のいずれの期間を考えるのかは横に置いて、1ヶ月ほど前に、待ちに待った「突然聞き取れる瞬間」が訪れました。
マレー語もやはり、この瞬間は突然に訪れました。例えば買い物に行ってのやり取りで、マレー語で話されても、何を言っているのかは理解できるようになり、その場で、聞き返したいと思うことが激減した感じです。

その瞬間を確信した一つの場面はコーヒーショップでのやり取りで、「砂糖は入れますか」「持ち帰りますか」「少し離れて待ってください」「現金でしか支払いできません」といった会話がスッと理解できた時でした。
それまでは「Yes, please.」「No, thank you.」「OK.」という返答を、分からない時は適当に言っていたので、時々砂糖入りのコーヒーが出されることもあったのですが、最近は完ぺきにブラックコーヒーを注文できるようになりました。

確信したもう一つの場面は、会社の研修をホテルの会議室でやることになり、その予約に出向いた時です。
実際のやり取りは同行した同僚がしてくれるのですが、そのやり取りもほぼ理解できました。
A:少し大きめのA室と小さめのB室があるのですが、どちらが良いですか?
B:実際に見て確認したいので、案内してください。
A:会議室は3階なので、エレベータの前で少しお待ちください。ご案内します。
A:A室は机を8つ並べられるので、16人ほど入れます。B室は机6つほどなので、12人ほどですが、いかがでしょうか。どちらもプロジェクターとマイクはご用意できます。
B:A室の方が良さそうですね。
A:休憩時には飲み物と軽食をご自由にお召し上がりください。外の共通スペースに用意します。昼食は4階の部屋にご用意します。
このような内容でしたが、全ては聞き取れないものの、要所要所の数字と単語は理解できたので、感想を求められても即答できました。

その日は家に帰ってから、どうして聞き取れたのか考えてみました。
1つ目は、その方のマレー語の発音が良く、ゆっくり話してくれたことです。
知っている単語はほぼ聞き取れ、知っている単語に挟まれた知らない単語は頭の中で識別できて、理解しようとせずに飛ばしていたように思います。
おそらく、知っている単語同士を結び付けて、知らない単語を類推していたのではないかと思います。
つまり、今までは聞き取りに全集中していて余裕がなかったのが、聞き取れる単語への集中が不要になって、知らない単語を類推する余裕が頭の中にできたのではないかと思います。
2つ目は、話そうとする文章を頭の中で作文できるようになったことだと思います。
単文ではあり、語彙力の範囲内ではありますが、どの品詞の語彙をこの文章に当てはめるかを、覚えた語彙群から引っ張り出す作業ができるようになってきました。
分からない単語がある時は英語で代用すれば、ほぼ通じることも分かってきました。
聞き取りはその逆の作業ですが、聞き取った単語がどの品詞で何の意味なのかを、知っている語彙群と照合するような作業が瞬時にできるようになったのではないかと思います。

前者は相手に依存せざるを得ませんが、後者は作文力を鍛えることで自分で高めることができるのではないかというのが私の仮説です。
「作文力が上がれば聞き取り力も上がるのではないか。」と考えるに至ったので、これからはマレー語の作文に集中的に取り組んでみようと思います。
以前の通信で「話す>聞く>読む>書く」が能力の順番と書きましたが、最も弱い「書く」を鍛えると「聞く」に良い影響が及ぶのではないかと考えました。
まるで人体実験のようになってきましたが、実践を通じてこの仮説を検証してみたいと思います。