通信559 「パンマルを使う相手」 幡野泉

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【週刊ハンガンネット通信】第559号 (2025年11月24日発行)
「パンマルを使う相手」幡野 泉
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第553号で寄田晴代先生が「パンマルはいつ使える?」という
メルマガを投稿され、私もこれについてはいろいろ感じてきたので
リレー的に書いてみたいと思います。

私はこれまで誰にパンマルを使ってきただろうと思い返してみたら、
数えるくらいしかいませんでした。
語学堂時代、日本人の友人を介して知り合い、グループでつるんで
遊んでいたお調子者のサンフン。それから、子供(知り合いの子供、
行きずりの子供問わず10歳くらいまで)などです。

語学堂のクラスメイトや知り合いの子供でも、中学生以上くらいに
なると丁寧語を使っていたかもしれません。サンフン以外の
韓国人友人には仲が良くても丁寧語を使っていましたし、
仕事で接する人は、いくら年下でもすべて丁寧語です。

上記、「つるむ」という表現を使いましたが、感覚的に、同世代でも
年下でも、「つるむ」ような間柄でないと、なんとなくパンマルは
使いにくいと感じています。
あと、10歳以下くらいの子供に丁寧語を使うと、知り合いでも
行きずりでもオカシイ気がしています。

また、寄田先生が職場での話を書かれていましたが、
私も似たような場面を見たことがあります。

社員の中で姉御的存在の韓国人Aさんがいて、Aさんは周囲の後輩
社員に向かってパンマルで話していました。
そして、新入社員の韓国人Bさんが入社してきました。
Bさんは、Aさんより10歳以上年下です。
ほどなくして、事情がありAさんは退社しました。
すると、Bさんがこう話していたのです。
「Aさんの印象は良くなかった。パンマルを使っていたから」と。
AさんとBさんは少し接する期間がありましたが、AさんがBさんに
パンマルで話していたかは分かりません。
とにかく、Aさんが後輩社員に向かってパンマルで話していたことに対し、
よく思っていなかったようでした。

私からしたら、Aさんは姉御肌だったし年長者だったので、周囲に
パンマルで話すのも自然に感じられたのですが、同じ韓国人でも
違和感を覚える人がいるんだ、と意外に感じたものです。

親しい中にも礼儀あり……。私たち日本語話者が外国語として韓国語を話す
とき、パンマルを使うことが相応しい場面というのは、かなり限られる
のではないかと思っています。

通信558 「スピーチ大会は総力戦」前田真彦

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【週刊ハンガンネット通信】第558号 (2025年11月17日発行)
「スピーチ大会は総力戦」 前田真彦
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12月13日(土)13時~ 毎年年末恒例のミレの第15回スピーチ大会を実施
します。
今回もイムチュヒさんを審査員としてお招きし、すべてZOOMで実施します。
ミレでは普段から発音や音読指導に力を入れています。その集大成としての位置づけで毎年年末にスピーチ大会を実施しています。今回のテーマは、「韓国の魅力~だから韓国が好き」です。15人の個性的な原稿が集まっています。

原稿作成からサポートし、何度も原稿の書き直しをしてもらいます。合同の勉強会は3~4回実施し、出演者1人に、スタッフ1人が担任としてつきます。個別レッスンは、前田、担任スタッフ、ネイティブスタッフと3回実施します。スタッフ全員で出演者をサポートします。観覧者には、「次は私も挑戦したい」と思ってもらえるように、ミレ生全員に観覧に来るように呼びかけます。スピーチ大会に向けて、出演者も、スタッフも、そして観覧者も、学院全体が一つにまとまるのです。このように、スピーチ大会はミレ学院の一大イベントです。

なぜここまでするのか? それはスピーチは、「成功体験」でなければならないと考えているからです。「挑戦してよかった」「壁を突破できた」「韓国語がますます好きになった」「韓国語で自分の気持ちを伝えることができた」と思える成功体験を保障するのが、私たちの使命だからです。

出演者一人一人の発表が終わるとイム・チュヒさん、前田、そしてスタッフからコメントがあります。このコメントは、出演者にとっても、われわれスタッフにとっても大いに学ぶところがあります。発表者の真剣さに見合うだけのしっかりしたコメントができなければ、会全体の空気が緩んでしまいます。コメントも真剣勝負なのです。

「音読」から「語る」へ、いつどのように移行できるのか、いつもドキドキします。今年は大丈夫だろうか?

12月13日(土)13時から、ぜひ観覧にいらしてください。
https://new.mire-k.jp/speech_15/

通信557 「伝えたいこと」日下隆博

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【週刊ハンガンネット通信】第557号 (2025年11月17日発行)
「伝えたいこと」 ワカンドウ韓国語教室 日下隆博
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人にものを教える仕事をしていると受講生が挫折しそうな様子を見ることがあります。
そんな時に伝えるメッセージはいったいどういったものがあるでしょうか。

週刊ハンガンネット通信での私の2025年中の執筆担当はこの号が最後となりますので2025年の個人的に初めてのことを振り返ってみます。

NHK Eテレの「NHK俳句」で私の句が特選句となり番組で紹介されました。
毎月の句会を5年間続けてきたひとつの大きな成果が出たでき事となりました。

句会ではいつもメンバーからの評価が低い私ですが、韓国語とは直接関わりのないもので、こつこつ続けることの成果、続けていれば何か良いことがある、ということを受講生に示すことができました。

今年は音楽活動を再開しました。声や演奏のリハビリを兼ねてライブハウスでの飛び入り演奏など、活動再開からこれまで7か月で30回以上ステージに立ちました。
そのうちの2か所は鳥取県米子市と宮城県仙台市と関東以外でも歌い演奏しました。

その際できるだけ心がけていることは歌詞もすべて暗記して歌詞カードや譜面を見ないで歌い演奏することです。

ステージでの私の演奏曲は主に英語の歌です。
英語の歌詞は韓国語や日本語の歌詞と違って私にとってはおおよそ意味を伴わないで覚えるものです。そのため何度も何度も繰り返し暗記を確かめるしかありません。

「単語が覚えられない」「覚えてもすぐ忘れる」と嘆く受講生からは「単語がすいすい覚えられるのは先生だからできるんですよ」と言われることも多いです。

今回英語と楽器演奏という、韓国語ではないものをこつこつと覚えていくことの実践から、暗記や記憶の定着のために誰もがやらなければならない何度も繰り返し暗記を確かめる過程を説明しやすくなりました。

またステージを何度も積み重ねることで経験値を増やし、ミスの発生とその修正の繰り返しがスキルアップにつながることの実践も、韓国語学習に置き換えると、アウトプットの場数を増やし、間違えては修正し、その繰り返しでより良い韓国語話者としてスキルアップにつながるという点も説明しやすくなりました。
学習者に「伝えたいこと」をより説得力を持って伝えやすくなったと感じています。

通信556 「死ぬ日まで天を仰ぎ」田附和久

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【週刊ハンガンネット通信】第556号 (2025年11月3日発行)
「死ぬ日まで天を仰ぎ」田附和久
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私は韓国語の授業でパッチムを教える際、必ず取り上げる単語が三つあります。하늘(空)、바람(風)、별(星)。これらを発音してもらった後で、「皆さんは『空と風と星と詩』という詩集をご存じですか」と問いかけます。そして、何も見ずに、「죽는 날까지 하늘을 우러러..(死ぬ日まで天を仰ぎ…)」と尹東柱の「序詩」を暗誦してみせます。そして、受講生がぽかんと口を開けているのを横目に、この詩の日本語訳と詩人・尹東柱の人生を紹介し、最後にこう語るのが私の授業の「定番」です。
「自転車の乗り方を一生忘れないように、若い頃に覚えた詩は、年齢を重ねても自然に口をついて出てくるものです。皆さんも、心に残る詩や歌詞に出会ったら、ぜひ暗誦してみてください。それは皆さんの韓国語力を伸ばすだけでなく、生きていく上での心の支え、心の糧になるはずです。」

私は、東京・池袋の近くで生まれ、50代後半となった今もその地で暮らしていますが、この10月、故郷・池袋にある立教大学の構内に尹東柱を顕彰する記念碑が設置されました。1942年3月、戦時下の日本に留学した尹東柱は、翌1943年7月に治安維持法容疑で逮捕されるまでの間、東京の立教大学と京都の同志社大学で学びました。これまで京都には同志社大学構内をはじめ複数の場所に記念碑がありましたが、東京には一つもありませんでした。今回初めて東京に設置された記念碑には、彼の肖像写真のほか、東京滞在中に立教大学の便箋に書いた「たやすく書かれた詩」の自筆原稿が刻まれています。
記念碑が設置される以前から、立教大学では毎年、命日である2月16日に近い日曜日の午後、卒業生と大学の尽力により、構内のチャペルで追悼礼拝と記念講演会が行われてきました。コロナ禍で一時中断されましたが、再開された昨年と今年は、チャペルに入りきらないほど多くの参加者が集まりました。韓国で最もよく知られる詩人尹東柱は、日本でも今日、実に多くの人々から愛されています。

日本における尹東柱ファンを増やす大きな契機を作ったのは、詩人の茨木のり子さん(1926 – 2006)です。戦後日本を代表する詩人の一人である茨木さんは、50歳から韓国語を学び始め、自身の翻訳による『韓国現代詩選』を刊行されたほか、韓国語の魅力を綴ったエッセイ集『ハングルへの旅』も上梓しました。その中の一編「尹東柱」が、後に筑摩書房の高校教科書『新編現代文』に収録され、日本の多くの高校生が尹東柱の作品と人生に触れるようになりました。

茨木さんは尹東柱の存在を知って以来、作品の翻訳に取り組んでいましたが、作業を進めていた1984年に伊吹郷さんによる完訳が刊行されたため、気勢が削がれてしまったとエッセイに記しています。しかし、今年9月、岩波書店から刊行された『茨木のり子全詩集・新版』に、これまで未公開だった茨木訳の尹東柱詩7編が収められました。数は多くないものの、「現代詩の長女」と呼ばれた方の翻訳だけあり、既存の訳とはひと味異なる箇所が少なくありません。例を一つ挙げれば、立教大学の記念碑にも刻まれ、「たやすく書かれた詩」と紹介されてきた「쉽게 씌어진 시」を「さらさら書けた詩」と訳しています(「人生は生きがたいというのに/詩がこうも さらさら書けるのは/恥ずかしいことだ」)。本書には金裕鴻先生の「좋습니다(いいですね)」というチェックも入った「自畫像」の自筆原稿写真も掲載されています。茨木さんが本格的に尹東柱詩の翻訳に取り組まなかったことは残念でなりませんが、この7編が残されていた奇跡を、心から喜びたいと思います。
その後、日本での尹東柱への関心が高まる中、伊吹訳以外にも複数の翻訳書が刊行され、現在では、金時鐘さん翻訳による、原文併載の岩波文庫版が、廉価で入手できるようになっています。

私も「序詩」を暗誦し、授業で必ず紹介するほどですから、言うまでもなく尹東柱を愛してやまない一人です。初めて彼の作品と向き合ったのは1989年、交換留学生としてソウルの延世大学に通い始めたときでした。大学構内の「尹東柱詩碑」の横の坂道を通って毎日教室へ通ううちに、詩碑に刻まれた「序詩」を暗誦できるようになりました。その後、他の作品も読むようになりましたが、韓国人の友人がなかなかできず、下宿でよく読めない韓国語の本を眺めてばかりいた当時の私の心に最も響いたのは、東京での留学中に書かれた「たやすく書かれた詩」でした。「六畳部屋は他人の国」という冒頭を「オンドル部屋は他人の国」と置き換えて口ずさんでみたこともあります。
日本に戻り、卒業後には、縁あって彼の生涯を描いた演劇公演の翻訳や広報を手伝ったこともあり、そのたびに彼の作品を読み返す中で、日々の忙しさの中で忘れがちな純真な思いや社会に出たときの初心を思い起こしてきました。
最初の出会いからおよそ40年が経ち、私の年齢は尹東柱の享年(27歳)をはるかに超え、彼の倍以上生きてしまいました。いつしか私も尹東柱と同じキリスト教の信仰を持つようになり、今では若い頃とは異なる視点で彼の詩を読むようになったと感じています。

尹東柱は立教で数か月学んだ後、退学して同志社に転じました。東京では友人もできず、あまりよい思い出はなかったのかもしれません。しかし、東京で書かれた詩が、彼の死後広く読まれるようになり、今では日本の多くの人々に愛されています。東京に設置された記念碑を多くの人が訪れ、彼の詩を愛する人がさらに増えることを願っています。
私は、かつての延世大学の詩碑のように毎日訪れることはできませんが、故郷に生まれたこの記念碑には、できるだけ足を運び、刻まれた「たやすく書かれた詩」を前に、若き日に立てた初心を胸に刻み直したいと思います。そして、彼のように、日々天を仰ぎつつ、すべての死にゆく者、あらゆる命を慈しみながら、この人生を過ごしていきます。

通信555「ノーベル文学賞と翻訳権」ペ・ジョンリョル

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【週刊ハンガンネット通信】第555号 (2025年10月29日発行)
「ノーベル文学賞と翻訳権」ペ・ジョンリョル
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毎年10月に発表されるノーベル文学賞。昨年韓国の作家ハン・ガン氏が受賞したことがまだ記憶に新しいですが、今年度はハンガリー出身のクラスナホルカイ氏が受賞しました。あれからもう1年たったのですね。

クラスナホルカイ、私は初めて知る作家でした。調べてみると、代表作が『サタンタンゴ』『抵抗の憂鬱』(どちらも邦訳はなし)。唯一の邦訳が、京都を舞台にした『北は山、南は湖、西は道、東は川』だそうで、松籟社(しょうらいしゃ)という京都の出版社から2006年に出ています。

興味を持ってamazonにいくと「お取り扱いできません」となっています。それで出版社のホームページに行ってみると、

「弊社は受賞者の小説『北は山、南は湖、西は道、東は川』の日本語版を、早稲田みかさんの翻訳で2006年に刊行しています。出版元として、光栄のおすそ分けをいただいたかたちで、クラスナホルカイさん、早稲田さんに感謝しております。

ただ大変申し訳ないのですが、『北は山、南は湖、西は道、東は川』は長らく絶版で、在庫がございません。また、翻訳権も失効していますので、重版(復刊)も少なくとも短時日では難しいという状況です」

と書いてあるではありませんか! 受賞後は書店からの問い合わせが  殺到したはずですが、なんとも悲しいことです。

同じようなケースが記憶にあります。ウクライナのアレクシェービッチ氏が『戦争は女の顔をしていない』で2015年度ノーベル賞を受賞したときです。

業界内ではロシア文学の出版社として知られている群像社が、この作品を含むアレクシェービッチ氏の作品を複数翻訳出版したのにもかかわらず、受賞が決まったときに出版権を失っていたのです。千載一遇の商機を逃した群像社は以下のようなコメントを残しました。

「アレクシエーヴィチの作品は、今後、あらたに版権を取得した出版社から刊行されることになると思います。小社の本をお届けできなかったみなさまには、ぜひ新しい装いの本でアレクシエーヴィチの作品をお読みいただければ、最初に刊行した出版社としても喜ばしいことです」

この件も、契約の更新を怠っていたのでしょうか? 作家・作品をいち早く日本に紹介した出版社が、ビジネス上の対価を得られないことはとても残念なことです。

私の出版社では国外の著者・出版社とも契約を結んでいますが、契約内容はある程度定型化されており、通常5年の契約期間が過ぎると「双方の合意のもと1年ずつ延長することができる。延長に当たっては●カ月前までに文書で申請する」としていることが多いです。「文書による通知がない限り1年ずつ自動延長」とする場合もあり、要は双方が合意すればどちらも可能です。

この延長申請は、本の刊行から数年以上後ということもあって、きちんとしたシステムを構築していないと気付きづらいのです。HANAでも以前は私が編集長と併行してこのような事務をやっていて、うっかり延長申請を忘れたことが何度かあります。でも定期的な販売報告と印税支払いは怠ったことはないので、何ごともなかったように契約は維持されました。そういうこともあって、契約の際にはなるべく「自動更新」になるように交渉しています。

契約が生きていれば、在庫がなくても増刷することができますが、契約が切れていると手元の在庫を売ることすらできない場合があります(通常契約書で一定期間の後の販売を禁じられる)。新たに契約を取り直すとなると、受賞により著者と作品の「値打ち」が上がってしまっています。原著の出版社や翻訳エージェントは少しで高く買ってくれるところや、多く販売してくれそうなところに出版権を売りたいでしょうから、小出版社のチャンスは少なくなります※。

『戦争は女の顔をしていない』は、結局受賞の翌年に岩波書店から刊行され、私はそれを読みました。それ以降この作家の作品は岩波書店から出続けているようです。また『戦争は女の顔をしていない』はKADOKAWAから漫画にもなって出ています(現在5巻まで刊行)。クラスナホルカイの作品は今後どの出版社から出されるでしょうか。

ハン・ガン氏の作品は、2011年にクオンが『菜食主義者』を出版したのをはじめ、授業前からいくつかの出版社から翻訳出版されていました。クオンは昨今の日本での韓国文学普及において大変大きな役割を担ってきた出版社です。ハン・ガン氏の受賞によって、名誉はもちろん対価も十分に得られたとのことです。

※この文章での「翻訳権」「版権」「出版権」はすべて「日本国内での日本語翻訳版の独占出版権」のことで、通常他の出版社が同じフォーマットで出せないようになっています。

通信554「スクール運営奮闘記(10カ月目)」浅見綾子

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【週刊ハンガンネット通信】第554号 (2025年10月22日発行)
「スクール運営奮闘記(10カ月目)」浅見綾子
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――「広報の難しさと、手応えを感じた10カ月」

HANA韓国語スクールの運営担当を引き継いでから、10カ月が経ちました。

運営業務の中でも、最も難しさを感じるのが「広報」です。

どんなに魅力的な講座を企画しても、受講生にその魅力が届かなければ開講には至りません。

講師や内容に自信があっても、知ってもらうまでの道のりには毎回試行錯誤があります。

これまでにも、残念ながら受講者が1名にとどまり、開講できなかった講座がいくつもありました。

「授業チラ見せ動画」から「先生紹介動画」へ

これまで広報の一環として、授業の一部を切り取った“チラ見せ動画”を制作してきました。

動画を通して授業の雰囲気を感じてもらえる点で効果は大きく、動画を見てから申し込む方が増えた実感があります。

▶︎ https://www.youtube.com/watch?v=GJOriK4nECY&t=4s

ただ、一つの動画を完成させるまでに多くの時間を要するのも事実です。

そこで新たに始めたのが「先生紹介動画」です(「そんなのもうやってるよ!」と怒られそうですが……)。

授業の一場面ではなく、先生ご本人の魅力に焦点を当てた短いインタビュー形式の動画です。

最初の1本を制作する際は時間がかかりましたが、テンプレートを整えることで次からは効率的に編集できるようになりました。

申し込みの決め手は「先生」という存在

受講を決める要素には、受講料、時間帯、開催形態(対面・オンライン)などがありますが、多くの方が最終的に重視されるのは「どんな先生なのか」という点だと感じています。

授業の雰囲気や先生の話し方、人柄など、文章では伝わりにくい部分を動画で直接見ていただくことで、受講を後押しする効果があります。

先生の紹介動画はこんな感じです。

▶︎ https://www.canva.com/design/DAG18kU_F7I/HhVP81UXkmQOFbdH82N33Q/watch

また、別途先生の紹介ページも作りました。

▶︎ https://www.hanatas.jp/events/24352/

この動画を公開したところ、すぐに講座のお申し込みがあり、動画の持つ影響力を改めて実感しました。現在は、他の先生方にもご協力いただきながら撮影を進めているところです。

おわりに

講座運営は、「良い授業を作ること」と「その良さを伝えること」の両輪で成り立っています。

どちらが欠けても継続は難しく、特に広報は地道な取り組みの積み重ねが、講座の信頼や認知につながる大切な役割を担っています。

今後も、受講を検討している方々に講座の魅力をわかりやすく伝えられるよう、動画をはじめとするさまざまな方法を模索していきたいと思います。

先生方の広報事例や工夫も、ぜひ共有いただけたら幸いです。

通信553 「パンマルはいつ使える?」寄田晴代

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【週刊ハンガンネット通信】第553号 (2025年10月18日発行)
「パンマルはいつ使える?」寄田晴代
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ヘヨ体(-아/어요体)の学習に入ると、パンマルの話をします。

語尾のヨ(요)を取ると、親しい同年代や年下に使えるぞんざいな言い方、いわゆる「タメ口」になるよ、と説明することが多いのですが、使い方には気をつけてね、と付け加えます。

パンマルを使っていい状況というのは、なかなか口で説明しにくいと思っています。

留学生時代、なかなかパンマルがうまく使えなくて苦労した思い出があります。

研究生として、担当教授の研究室で一日中過ごす毎日でした。研究室にいるのは、私と高齢の教授と40代の助教の3人。当然パンマルを使う状況にはなく、それどころか、失礼がないように敬語を使いこなすことに全集中する日々でした。

すると敬語しか話せない外国人になってしまい、韓国の友人たちに「そんなのおかしい」「友達なんだから語尾に요をつけちゃダメ!」とさんざん矯正されることに。うっかり「~요」と言ってしまうと、友人たちは胸の前で腕をバツを作り、アウトを宣告するのでした。

パンマルが口から出てこなかった理由のひとつが、それがとんでもなく乱暴な言い方に聞こえて抵抗感があったことです。

「이거 먹어」と言われると「これ食べて」ではなく「これ食えや」(抑揚は関西弁)に聞こえていたのです。(ただの妄想ですが)

しかし、親交を深めるためには慣れなくてはいけないと努力した結果、抵抗感も薄れ、そこそこ使えるようになりました。

そこで、お互いまだパンマルを使ったことのない韓国人の友人がいたのですが、私たちもこれからはパンマルで話そう、と提案してみました。すると「今まで通りがいい」と言うではありませんか。

私の頭の中は?でいっぱい。聞いてた話と違うやん。それって、そんなに親しくなりたくないってこと?しょっちゅう会って仲良くしてるつもりだったので、ちょっとショックでした。

残念ながら当時の私は理由を聞き出すほどの語学力がなく「あ、そうなの?아, 그래요?」で終わった記憶があります。

けれども、彼女とはそれ以降も疎遠になるわけでもなく、よくいっしょに遊んでいました。

もうひとつ、パンマルに関する印象的な思い出は日本でのこと。

日本人Aさんが韓国人Bさんに、「です/ます」ではない、砕けた口調(日本語)で話をしていました。二人は同じ職場で顔なじみですが、違う部署で働いています。AさんはBさんより一回り以上年上です。

Aさんが去った後、Bさんが「なんでパンマル使われなきゃいけないのよ。そんな昔からの知り合いでもないのに」とぼやいているのを聞き、年が離れていても、関係性によってはパンマルで相手の気分を害することもあるのか、と思った場面でした。

そういえば、うちの家族にも、パンマルを使って注意された人がいます。

久々に会った親しい元同僚(韓国人)に、嬉しくてパンマルで話しかけたら「話し方が乱暴になりましたね。気をつけた方がいいですよ」と、きれいな日本語でたしなめられたそうです。

年齢、相手との関係性、状況など、いろいろな要素が絡むパンマル使用ラインは、結構難しいと感じています。

学生に「안녕!」とか「알았어」と言われると、どこから説明しようかな、と思うのです。

通信552「検定試験体験記」加藤慧

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【週刊ハンガンネット通信】第552号 (2025年10月6日発行)
「検定試験体験記」加藤慧 
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先日、学習中の台湾華語の検定試験である華語文能力測験(TOCFL)を受験し、目標だったA2レベル(基礎級)に合格することができました。

今回試験を受けようと決めたのは、コロナ前からだらだらと続けている台湾華語の学習にけじめをつけ、そろそろ初級を脱出したいと思ったことがきっかけです。レッスンを受けただけで満足するのではなく、本腰を入れた勉強がしてみたかったのです。

TOCFLはA1/A2/B1/B2/C1/C2と六つの級に分かれているので、恥ずかしながらちゃんと調べもせず、TOPIKのイメージでA2=初級後半(TOPIKとかHSKの2級くらい)のつもりでいたところ、なんとB2レベルで、HSKの最上級である6級相当とのこと。つまりA2はほぼHSK3~4級相当ということになります。(試験の趣が異なるため一概には比べられないので、おおよその目安としてですが)
当初の想定よりも目標が高いことにあとから気が付きましたが、学習歴的にはそんなに無理のあるレベルでもないはず……と気合を入れて取り組みました。

行ったことは主に、初級レベルの単語帳に取り組む、レッスンで先生と一緒に公式模擬試験を解く、Youtubeの解説動画を流す、などです。
日本人学習者の場合、漢字というアドバンテージのせいで、リーディングとリスニングでだいたい一級分ほどの差ができてしまうこともあるそうなので、徹底的にリスニング重視で対策を行いました。

このような集中的な学習は、講師としてもかなり勉強になりました。特に私の場合、上級者としての学習期間が長くなるほど、初級の頃の地道な学習の方法や大切さを忘れがちでした。それを思い出し、また学習のために検定試験がいかに効果的なものであるかが、身をもって体験できたと思います。当たり前の話がほとんどかもしれませんが、特に重要だと実感した四点について書きたいと思います。

まずは単語帳です。私の場合、上級単語を覚える際には単語帳の利用がとにかく苦手で、教材のなかで自然に出会った単語でないと覚えられないタイプだったのですが、初級の頃はそうやって出会える単語の数がそもそも圧倒的に少ないので、とにかく単語帳を繰り返してどんどん触れていかないとはじまらないのだとわかりました。自然な出会いは大切にしつつ、機械的に出会う母数を増やしていくことが大切だと思います。(最近の言葉で言うなら、자만추 と 인만추 の両方が必要、ということになるでしょうか)

次に、紙に書くことです。韓国語でパダスギの効果は実感していたので、音を聞いて、あるいは漢字を見て注音記号で書き出す練習を多く行いました。音ベースの学習はもちろん重要ですが、そこに加えて紙に書くことで頭に残りやすいのもまた事実だと思います。机に向かっての勉強自体を久しぶりに行いましたが、タイピングやタブレットへの書き込みよりも、実際にノートに書いたほうが定着する感覚がありました。

そして三つ目は、SNSでの勉強記録です。いままでは勉強垢などを見ていても、こんなにノートをきれいに書けないしなぁ、とか、こんなに机が片付いていないし、とか、そもそも更新のためにSNSをしている時間がもったいないのでは?なんて思ってしまっていたのですが(ごめんなさい)、まさかこんなに大きなモチベーションになるとは!いいねやコメントが励みになるのはもちろん、自分の勉強の様子が可視化されてたまっていくことでやりがいを感じますし、疲れている日でも、更新もしたいし少しでいいから机に向かおう!という気持ちになれました。これは本当に驚きでした。

最後に、これも言うまでもないことかもしれませんが、大人の外国語学習はスキマ時間がカギだということです。仕事の空き時間はもちろん、家事の合間や移動中、入浴中や寝る前のストレッチ中などに、とにかくずっと何かしらの音声を聞いているようにしていました。それ以外にも、普段SNSをだらだらと見ている時間を削れば、時間は意外と捻出できるものだなと思いました。

学習を始めた当初から、第三の外国語の学習者になることが語学講師としていかに有用かは感じていましたが、今回は検定試験という新たな経験をしたことで、またひとつ大きな学びを得た気がします。近いうちに、旅行を兼ねたプチ留学にも挑戦する予定です。中級レベルでは、また新たな壁が待ち受けていることでしょう。そこでも自分なりの学習方法を模索し、それを指導にも活かしていきたいです。

通信551「韓国語は孤立言語!」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第551号 (2025年10月4日発行)
「韓国語は孤立言語!」 伊藤耕一 
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私の学生時代、日本語と韓国語は「ウラル=アルタイ語族」に属し、同じ系統の言語であると習いました。
その後「ウラル=アルタイ語族説」が否定されたことを知り衝撃を受けましたが、改めてその経緯を調べてみて再び衝撃を受けました。
それは「韓国語は『孤立言語』である説」が今の主流であるというChat GPTの回答です。
「韓国語はどの語族に属しますか?」と聞いてみたら、このような回答がありました。

これが、私が習ったことで、だから日本語と韓国語は似ているのだと納得していました。

衝撃を受けたのは「共通点が『類型的な偶然』である可能性」という点です。
マレーシアとシンガポールにはタミル語を話すインド人が多く、シンガポールではタミル語が公用語の一つになっています。
彼らの話す英語がとても分かりやすいのは、日本語とタミル語の語順が似ているためと知って納得していました。
似ていたのは、ただ単に偶然だったのか!
今年一番の衝撃でした。

更なる衝撃はこれです。
韓国語だけが「孤立言語」となっている点です。
「日本語族」とは何かと調べてみると、「日本語と琉球諸語(沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語など)」とのこと。
何となく納得できます。

それでは韓国語はどのように生まれて発展してきたのか?
とても興味をそそられました。