通信560 「AIの作文」 伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第560号 (2025年12月5日発行)
 「AIの作文」伊藤 耕一
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最近、調べ物をする時にAIを使うことが多くなりました。

短い質問を投げかけると、回答の後に「関連することも調べましょうか?」などと提案をしてくれます。

何度かその作業を繰り返すと、自分が欲しい答えが出てきたりして、思いつきで要領を得ない質問を投げかけても、それなりの答えにたどり着けるのが素晴らしいと思います。

しかし、信憑性が低いと感じる時もあり、そんな時はGoogleで調べて反証したりしています。

今回は、「日本と韓国のキャッシュレス文化の違い」というテーマで800字で書いてもらいました。

日本と韓国は地理的に近く、文化的にも共通点が多いとされるが、キャッシュレス文化に関しては大きな差がみられる。韓国では、レストランやタクシーだけでなく、市場や屋台にまでデジタル決済が浸透している。スマートフォン一つでほとんどの支払いが完結し、現金を持ち歩く必要がない。一方、日本ではキャッシュレス化が進みつつあるものの、依然として現金を選ぶ人が多く、国民の“現金への安心感”が根強く残っている。

この差の背景には、歴史的・社会的要因がある。韓国は1990年代後半の通貨危機を契機に、経済の透明性向上を目的として政府がクレジットカード利用を積極的に後押しした。利用額に応じた所得控除も導入され、短期間でカード文化が定着した。その後はスマートフォン普及率の高さがアプリ決済をさらに広げ、国民全体が自然にキャッシュレスへ移行していった。

一方、日本は治安が良く、偽札の心配が少ないことから、現金利用が長く便利で安全とされてきた。また、高齢者の割合が高いことも、急速なデジタル化が進みにくい要因となっている。店側も「現金のままで問題がない」という意識が広く、導入コストを嫌ってキャッシュレスに踏み切れない小規模店舗も多い。

興味深いのは、キャッシュレス化が生活様式にも違いを生んでいる点である。韓国では「KakaoPay」などのアプリで友人同士の送金が簡単にでき、割り勘もメッセージ感覚で行える。対して日本では、近年は「PayPay」や「LINE Pay」が普及してきたものの、現金での割り勘が依然として一般的である。

しかし、日本にも独自の強みがある。多様な決済方式が併存し、SuicaやPASMOといった交通系ICカードの利便性は世界的にも評価が高い。また、安全性や個人情報への意識が高く、慎重にキャッシュレスを取り入れる姿勢は安定した社会の特徴ともいえる。

韓国の大胆なデジタル化と、日本の段階的な移行。どちらが優れているという話ではなく、両国のキャッシュレス文化は、それぞれの社会の価値観や歴史を映した姿といえる。異なる道を歩みつつも、両国は確実にキャッシュレス化の波を受け入れ、より便利な社会へと進んでいる。

言い回しの好き嫌いや、対立的な表現にやや違和感がありますが、それなりの完成度だと思います。「そうなんだ。」と、つい信じてしまいそうになりますが、今の韓国が本当にそんな世の中になっているのか、反証のために見に行きたいと思いました。

通信542「ハングルを勉強したくない」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第541号(2025年7月28日発行)
「ハングルを勉強したくない」伊藤耕一
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幡野先生の通信を拝見し、「ハングルは一切勉強したくない、覚えたくない」との一言が私に刺さってきました。
その気持ちはとてもよく分かるなあと。

昨年、カンボジアを訪れた時に、クメール語の文字がタイ語の文字によく似ているなあと感じたことを思い出しました。
試しに両言語の文字をを書いてみると、、、
អរុណសួស្តី
สวัสดีตอนเช้า

両方とも「おはようございます」という意味で、発音をカタカナで書いてみると次のようになります。(Google翻訳で聞こえた音をカタカナで表記したものです。)
アロンスオースタイ
サワディトンチャーオ

次に、たいへん失礼ながら、ふたつの言語の文字を混ぜてみました。
អរុสวัสดีណตอนសួស្តីเช้า
残念ながら私には両言語の文字の違いを識別することができません。
私がクメール語やタイ語を学ぶことになったら、私自身も「対話はできるようになりたいが、文字は勉強したくない」と言ってしまいかねないなあと思いました。

もし私が教える立場で、両言語の文字を教えるとしたら、どのようにするだろうかと考えてみました。

少し遠回りかも知れませんが、両言語の成り立ちの歴史や、なぜこのような文字が編み出されたのかを教えてみて、少しでも文字に興味を持ってもらうのが良いような気がします。

日本語のひらがなは漢字の崩し書き、カタカナは漢字の一部の取り出しでできていて、中学校でそれを教わった時に「そうだったのか」と興味を持ったことを思い出しました。

そこで、Chat GTPに尋ねてみました。

なるほど、インドのブラーフミー文字が起源で、クメール文字がタイ文字に影響を与えたことが分かりました。
だから似ているのですね。

タイ文字は13世紀に制定され、やはりクメール文字の影響を受けていることが分かります。

両言語とも子音と母音の数が半端なく心折れそうになりそうですが、この文字を覚えたら東南アジアや南アジアといった他の言語の文字にもつながりそうで、少しやる気が出そうな気がしてきました。
「アブギダ」という文字を初めて見ましたが、まず子音を書いて母音は付加的に上下に書くシステムの文字体系の名前とのことで、これを知ってから両文字を見ると「なるほど」と思いました。

また「アブギダ」は「いろは」や「アルファベット」と同様に順番に並んだ文字の最初の4つを発音したものだそうです。
これに対するものとして「アブジャド」というものもあり、これは古代フェニキア文字が元祖で子音だけを書いて行くシステムだそうです。
すると「母音はどのように表記するの?」という疑問が生じますが、切りがないのでここまでにしたいと思います。

私自身は、韓国語を勉強するならハングルは覚えた方が良いと考えます。
どうすればハングルを勉強したいと思ってもらえるか、私も考えてみたいと思いました。

※この原稿の下書きを書いた直後に、カンボジアとタイの武力紛争のニュースが入ってきました。意図せずこのタイミングでの配信となってしまいましたが、この通信は紛争に対する特段の意図がないことを申し添えます。これ以上の拡大がないことを祈っています。

通信533「マレー語のその後」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第533号 (2025年5月31日発行)
「マレー語のその後」伊藤耕一
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マレーシアから帰国し、早くも10ヶ月が経過しようとしています。
食事、生活、気候、仕事、などなど、元の日本の諸習慣が自分の中にやっと戻ってきました。

10か月前、職場の皆さんがフェアウェルパーティーを開いてくださり、マレー語でスピーチしたことを思い出しました。
この時は原稿を書いて、事前に読む練習をして、話す内容を覚える努力をしてからスピーチに臨みました。
2〜3分の内容でしたが、覚えた単語を頭から絞り出すような感じでゆっくりと、時々原稿に目を落としつつ話した記憶があります。
初級の学習を終えた学習者くらいの実力だったかと思います。

日本に帰国してから、マレー語で話す機会はメッキリ減りましたが、ふとした瞬間に簡単なフレーズをマレー語に訳すとどうなるかを考えることが増えました。
もし、今マレーシアに行って、当時の仲間と出会ったらどのように声を掛けるだろうかと考えながら、頭の中で作文する感じです。
これは学生時代の韓国語学習中にもやっていたことです。
例えば、このような感じです。
 
久しぶりですね。
Lama tak jumpa.
Long time no see.
 
元気でしたか?
Apa khabar?
How are you?
 
日本に戻ってから、もう10ヶ月も経ちました。
Suda sepuluh bulan berlalu sejak saya kembali ke Jepun.
Already ten month passed since I returned to Japan.
 
そして作文を続けていると、知らない単語や忘れた単語が出てきます。
日本に戻ってからもマレー語の勉強を続けています。
Saya ? belajar Bahasa Melayu ? saya kembali ke Jepun.
I still study language Maley after I returned to Japan.

このように頭の中で作文した時に「”still” や “after”はマレー語で何だろう? 忘れたなあ。」と思い、Google翻訳で調べて単語を当てはめてみるようなことをしています。
こんな時に「韓国語の基本文法が分かった頃にも同じことをしていたなあ。」と過去の自分を思い返します。
頭の中ではスラスラと作文できて話せるような気がするのですが、音声でアウトプットしようとしてもスムーズに単語が出てこなかったことを思い出します。
学生の時に、音声でアウトプットしないと定着しないことを、痛いほど体験したので、マレー語はできるだけ声に出してみるようにしています。
最も効率的に定着するのは、実際に話して間違えてその間違いを指摘された時だと私は思っていますが、時々通話アプリで友人と話をすると、間違いを指摘してくれることがあり、ありがたく思います。

このような自習とアウトプットを繰り返しながら、次にマレーシアに行った時に、友人たちを驚かせられるようなマレー語を話せる自分になることを目標にしている今日この頃です。

通信525「地球の歩き方」伊藤 耕一

【週刊ハンガンネット通信】第525号 (2025年3月17日発行)

「地球の歩き方」 伊藤耕一
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先日、実家に帰った時に「地球の歩き方 韓国 ’92〜’93版」を見つけました。今から32年前、私が学生の時に買った本です。私が初めて韓国に行ったのは1993年の夏、大学3年を修了し休学中の時でした。

まず思い出したのは、初めての韓国で食べた食事です。ガイドブックにあるものを端から試して食べました。
갈비탕, 설렁탕, 곰탕, 해장국, 매운탕, 떡국, 냉면, 칼국수, 삼계탕, 비빔밥, 순두부찌개…
辛いのか辛くないのかよく分からずに注文し、辛さに悶絶したこともありました。

当時は金浦空港に降り立って、ソウルまで路線バスで移動したことを思い出しました。最初に支払ったウォンだったせいか、うっすらと記憶があり「確か500ウォンくらいだったのでは」と思い、ペラペラとページをめくると「空港バス 料金:W580 ワンマンバスなので、運賃は乗車時に支払う。」と書いてありました。学生だったので、時間よりもお金を優先する旅でした。

この時は同級生が語学堂に留学中で、彼と待ち合わせて半日ほどソウル市内を案内してもらいました。「バスに乗るので『トークン』を買った方が良い。」と教えてもらい、キオスクのおばちゃんから買いました。穴の開いたコインを乗るたびに料金箱に入れて「とても合理的な支払い方だ。」などと当時は思っていました。当時の日本の路線バスは160円とか180円を現金で料金箱に入れていて、いちいち両替が必要でしたので、トークンというシステムにはとても感心しました。

都市間の移動は統一号という急行列車を利用しました。ソウル⇒温陽⇒全州⇒麗水⇒忠武⇒鎮海⇒釜山⇒大田⇒ソウルと移動し、2週間ほど旅したような記憶があります。当時は、李舜臣のことをテーマに卒業論文を書こうと考えていて、ゆかりの地を訪ねようと考えていました。

セマウル号や無窮花号は高いと思って統一号を使ったのですが、ソウル⇔釜山間の値段はこのように書かれています。
セマウル号:W16,400(250分)、ムグンファ号:W9,000(290分)、トンイル号:W6,600(326分)。
ソウル⇔釜山間が当時のレートで約1,000円、5時間半の旅だったことに改めて驚きます。
今のKTXはW59,800(最速135分)とのことで、隔世の感を感じます。

麗水⇒忠武の移動は엔젤호という高速船に乗りました。亀甲船が行き交ったという海域の美しさは忘れられません。

時間を見つけて、韓国に旅に出たくなってきました。

通信517 「外国語の数字」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第518号 (2025年1月14日発行)

「外国語の数字」伊藤 耕一
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言語を学ぶ時、最も実用的なものは数字だと思います。
海外旅行に行くと、航空機の便名・搭乗ゲート・座席番号・時刻などの識別に数字が必要ですし、買い物する時は必ず数量と金額が数字で表示されます。
最近はアプリの中に航空券情報が表示されたり、ほとんどの決済がキャッシュレスなので、会話がなくとも搭乗や買い物に困る場面は減りましたが、市場で買い物して値切る時など必ず数字の会話が必要になります。

私の場合、初めて韓国に行った時「십일만원」と「십이만원」の違いが瞬時に分からず、とまどった記憶があります。
今回は昨年の私の数字にまつわる失敗談です。

マレーシア滞在時、インドネシア、カンボジア、ベトナム、ミャンマーに旅行に行きました。
この4か国の通貨はゼロが多く並ぶのですが、本日時点のレートは次のようになります。
・インドネシアルピア 1,000円≒103,443ルピア (100K≒1,000円)
・カンボジアリエル  1,000円≒ 25,789リエル (100K≒4,000円)
・ベトナムドン    1,000円≒161,312ドン  (100K≒ 600円)
・ミャンマーチャット 1,000円≒ 13,336チャット(100K≒7,000円)

4か国ともそれなりに英語は通じるのですが、苦労したのは、ぼったくられていないかどうかの判断です。
例えば食事をしたとき「20万ドンです。」と言われますが、瞬時に1,300円くらいだからOKなどと判断しなければなりません。
しかしベトナムでは靴磨きに私はぼったくられてしまいました。
「70万ドン」と言われたのですが「7万ドン」と思い込んでしまったのです。
「7万ドン≒500円」なのですが、不注意にも「500000+200000」のお札を7万ドンだと思い込んで渡してしまいました。

お札には、日本円もそうですが、コンマが書かれていないこともあり、見間違えたのです。(写真はインドネシアルピアです。)
お札の違いは「色」で識別することが多いと思いますが、ドン紙幣の色は初見で、瞬時に識別できなかったこともあります。
渡したお金は相手の言った金額とは合っていたのですが、自分の中では「50000+20000」のお札を渡したつもりでした。
「70万ドン≒5,000円」なので、この時に瞬時に判断できれば「高すぎる」と交渉できたと思うのですが、後の祭りとなってしまいました。

その後の旅行では気を付けるようにしましたが、なぜ間違えてしまったのかを考えてみました。
この4か国では「70,000」を「70K(Seventy K)」と千の単位で呼び、「1,000,000」を「1 million」と百万の単位で呼びます。
「1 millionドン≒6,000円≒百万ドン」「100Kドン≒600円≒10万ドン」と、「万」を単位に頭の中で考えてしまい、「万=K」と勘違いしてしまったようです。
韓国ウォンは、1,000ウォン≒107円なので、ゼロをひとつ取ればおよその円換算ができ、間違えることはないだろうと思いますが。

ちなみに、ぼったくりの危険度で東南アジア諸国を並べると、ベトナム>タイ>カンボジア>インドネシア>ミャンマー>マレーシア>シンガポールというのが私の体感です。
皆様も旅行の際には是非お気を付けください。

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通信509 「ハングルの歴史」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第509号 (2024年11月5日発行)

「ハングルの歴史」
伊藤耕一
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11月4日は私の通信の当番ですが、実は何を書こうか迷っていました。
トピックを探そうとウェブサイトを見ていると、こんな文字を見つけました。
「今日の歴史(11月4日)1933年:朝鮮語学会がハングル正書法の統一案を発表」

少し驚いたのは、1933年にこのような発表があったという事実ですが、その内容にも興味を惹かれました。どのような統一案だったのか知りたくなり、ChatGPTに尋ねてみました。

1933年の朝鮮語綴字法統一案は、朝鮮語の表記法を統一するための提案です。
この案は、当時の朝鮮半島で使用されていたさまざまな綴り方や表記法を整理し、標準的な綴字法を制定することを目的としていました。

この統一案は、主に以下の点を重視しました。
1.音韻の正確な反映
2.簡便さ
3.使用の普及

さらに「1933年の朝鮮語綴字法統一案では、具体的にはどのように、音韻を正確に反映させようとしたのですか?」と尋ねてみました。
その回答は次のとおりです。

1933年の「朝鮮語綴字法統一案」は、韓国語の綴りを標準化するために策定されました。
この統一案は、それまで不統一で曖昧だった表記法に対して、特に以下の方法で音韻を正確に反映させることを目指しました。

1. 表音主義に基づく表記
音声の違いを文字に正確に反映させる「表音主義」に基づく表記が採用され、音声をなるべく忠実に表記しようとしました。
これにより、発音に合わせた形での標準的なつづりが定められ、韓国語の語彙がより一貫した形で書かれるようになりました。

2. 濃音と激音の区別
濃音や激音のような韓国語特有の発音も明確に区別されるようにしました。
これにより、単語の意味が混同されないようにし、音韻体系に沿った正確な表記が可能になりました。

3. 終声規則の整備
音韻的に異なる終声(パッチム)の音を統一的に反映させるため、終声に使用できる文字を「ㄱ、ㄴ、ㄷ、ㄹ、ㅁ、ㅂ、ㅇ」に制限しました。
これは、口語の発音と整合性を持たせつつ、書きやすく統一的な表記を目指したもので、現代の綴字法にも影響を与えています。

4. 表記の簡略化と一貫性の確保
「同音異義語の表記法」の整備により、同じ発音を持つ異なる単語においても、文脈に基づいた表記の統一が図られました。
これにより、発音が同じでも意味が異なる単語の区別がしやすくなり、言語使用における一貫性が向上しました。

5. 漢字語のハングル表記
当時は漢字語の使用も一般的でしたが、この統一案では漢字語の表記をハングルに置き換え、表音的な表記で綴ることが推奨されました。
これは朝鮮語の発音を尊重した表記法に寄与し、漢字を理解しなくても発音から意味を把握しやすくなるよう工夫された点です。

短時間で調べて全てを理解するのは難しいのですが、次の2点は何となく理解できたように思いました。
・終声に使用できる文字を「ㄱ、ㄴ、ㄷ、ㄹ、ㅁ、ㅂ、ㅇ」に制限しました。
⇒これは「発音の制限」のことかと思いましたが、昔の韓国語はもっと多様な終声の発音があったということでしょうか。
⇒長野県人は「を」の文字を「Wo/워」と今でも日常的に発音する傾向がありますが、このような多様性があったのかなと想像しました。
・この統一案では漢字語の表記をハングルに置き換え、表音的な表記で綴ることが推奨されました。
⇒この「表音的な表記」のおかげで、漢字語の音を耳にした時に、その音を頼りに元の漢字を類推できるのではないかと思いました。

ふと目にした記事でしたが、もう少し詳しく知ってみたいとも思いました。
詳しくご存じの方がいらしたら、是非教えてください。

通信501  「マレーシアから帰国しました」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第501号(2024年9月5日発行)

「マレーシアから帰国しました」 
伊藤耕一
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先月お盆前にマレーシアから日本に戻ってきました。
マレーシア滞在は2年8ヶ月となりました。

私のマレー語が最終的にどうなったか、報告したいと思います。
自己評価は「3歳児レベル」。その心は「自分の言いたいことは話せるようになったが、相手の言っていることは分からない時もある。」こんなところです。
最初は全く聞き取れなかったのが、体感的には半分くらい聞き取れるようになり、聞き取れない単語は類推することで全体の意味は何となく理解できるようになりました。
品詞ごとに分析してみると、こんな感じです。

語順
・英語の語順に似ているので、頭の中で「英語⇒マレー語」と変換すれば、初歩的な表現であれば、だいたい通じます。「日本語⇔韓国語」の関係に似ています。

発音
・ほぼローマ字読みですが「E」は「에」または「으」発音するのですが、「으」と発音することが多いので「E」は「으」と発音しておけば無難です。
・「A」は語末に来ると「으」と発音する場合がありますが、個人差もあり「아」と発音する人も多いので、「아」と発音しておけば良いでしょう。
・韓国語のパッチムのように語尾の子音は内破音になるので、韓国語学習者にはアドバンテージがあります。(ただし母音との連音はない。)
(例)Sedikit(少し):スディキッ、Selamat pagi(おはよう):スラマッパギ、Jempa esok(また明日会いましょう):ジュンプエソッ
・抑揚とアクセントは英語ほどハッキリしておらず、日本語程度の抑揚とアクセントだと思っています。
・マレー語はインドネシア語と似ています。マレーシアは英国の、インドネシアはオランダの植民地になって以降、それぞれ英語由来、オランダ語由来の単語が持ち込まれ、違いが出て来たそうです。インドネシアでは英語が通じにくく、私のたどたどしいマレー語を話すとむしろ意思疎通できて喜ばれました。

名詞・代名詞
・これ、それ、私、あなた、かれらといった代名詞は覚えました。
・見たり聞いたり食べたり飲んだりした名詞は覚えました。
・普通名詞は、あいさつやごく日常的な名詞(時間、買い物、旅行、仕事で使う一部の単語)は覚えましたが、覚えたのはせいぜい数十かと思います。
・語彙を増やすには「学習(学校に通ったり、テキストを読んだり)」が必要ですね。生活と仕事を通じてのみで覚えるのには限界があります。

動詞・助動詞・形容詞・副詞
・こちらも、あいさつやごく日常的な単語は覚えましたが、やはり語彙数は合計で数十かと思います。
・動詞は活用(過去形や複数形)がなく、助動詞と副詞の併用で時制や可能などを表現するので原形だけを覚えるだけで良いのはメリットです。
(例)Selamat datang:いらっしゃい(現在)、Saya datang ke Malaysia semalam.:私は昨日マレーシアに来ました(過去)、Dia akan datang esok.:彼は明日来る予定です(未来)
・形容詞は名詞の後ろから修飾することに注意が必要です。
・副詞はどの位置に入れてもほぼ通じるのであまり気にしないことにしました。
・名詞の前に「Ber」を付けると動詞になるというジョーカーのような接頭語があり、これには助かりました。
(例)Bahasa:言語⇒Berbahasa(ブルバハサ):話す、Cuti:休暇⇒Bercuti(ブルチュティ):休む、など
・文章や単語の最後に「ka?」付けると疑問文になります。
(例)OK ka?:OKですか?、Understand ka?:わかりましたか?

関係代名詞
・「yang」という関係代名詞を使うと英語と同様に文章をつなぐことができます。
・Di Jepun, saya junpa orang yang saya jumpa di Korea.(日本で、私は韓国で出会った人と会いました。)

マレー語は全体としては比較的習得しやすい言語だと思います。
当地で外大マレー語学科出身の方に大勢会いましたが「文法の授業は簡単で、大学1年の半分で終わってしまって。ロシア語学科に行かなくて良かった。」とおっしゃる方がいました。
私も「韓国語の文法は『日本語とほぼ同じだから、分かりますよね?』と先生に言われて軽く流されることがよくあった。」と言うと、「お互い良かったね。」などと返されたりもしました。

本当はあと数年いたかったのですが、こればかりは私の希望も叶わず、断腸の思いで日本に戻って来ました。
最後の2ヶ月は頭の中での「英語⇒マレー語」変換ができ始めた頃で、あと半年あればなあとも思っています。
マレー語は習得しやすくインドネシア語に近いので、母語話者として2億人くらいの人とコミュニケーションできるという、日本語や韓国語を超える部分がある言語だと思います。
成果の出やすい第3外国語としてもお薦めできます。

将来は花粉症から逃れるために、あの時期にマレーシアで過ごせるようになればいいなと個人的には思っています。
とても良い国ですので、皆さんも機会があれば、是非マレーシアを訪れてみてください。

通信492 「マレーシアの日本語教育」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第492号(2024年7月1日発行)
マレーシアの日本語教育 伊藤耕一
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先日、あるイベントに参加しました。
そのイベントにあてがわれた会場は日本語を教える教室のようでした。
イベントの合間に教室内を歩いていたら、写真のような教材を見つけ、思わず写真を撮ってしまいました。
それは日本語の動詞の五段活用を教えるために作られた手作りの教材です。

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なるほど、マレーシアではこのように日本語文法を教えているのだなと、新鮮な発見をした気持ちになりました。
この教材を見て日本語母語話者である私が発見したことを書いてみたいと思います。

①「あかさたなはまやらわ」でなく「あかがさざただなはばぱまやらわ」という順番で五十音表を作る。
日本語母語話者にとって、濁音と半濁音を五十音表に混ぜるという発想は、あまりないのではないかと思います。
しかし、音声学的に考えると「かが」「さざ」「ただ」「ばぱま」を並べるのは理に適っています。
このように並べておけば、発音が似ている音どうしの違いを説明しやすいなと思いました。
もし、将来日本語を教える機会があれば、参考にしたい教え方です。

②「う」で終わる動詞は「あ行」でなく「わ行」で活用する。
これは盲点だと思いました。
「あ行」に単語の例示がないのはなぜだろうと思ったら「わ行」のところにありました。
その理由は未然形の活用をした時に「う」を「わ」に変えるからですね。
私は無意識に「あ行」に意識が行ってしまいましたが、文法を考える時には「わ行」なのだということが新鮮な発見でした。

③「ず」「づ」「ふ」「ぷ」「ゆ」で終わる動詞は現代語には存在しない。
日本語母語話者は感覚的に理解できていることですが、この5音で終わる動詞はありません。
古語にはたくさんありますが、現代語にはない、そんな気付きをくれました。
おそらく「この5音で終わる動詞はない」と教えれば、日本語学習者には分かりやすいのでしょう。
このように、形式的に説明できる場面ではそのように教えた方が文法が定着しやすいように思いました。

④動詞を活用し語尾に「て」「で」「って」「んで」/「た」「だ」「った」「んだ」のどれを付けるのかは、意外とややこしい。
これも日本語母語話者は感覚的に理解できることですが、日本語学習者には次のように教えるのでしょう。
「く」で終わる動詞:「く」を「い」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「ぐ」で終わる動詞:「く」を「い」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「す」で終わる動詞:「す」を「し」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「つ」で終わる動詞:「つ」を「っ」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「ぬ」で終わる動詞:「ぬ」を「ん」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「ぶ」で終わる動詞:「ぶ」を「ん」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「む」で終わる動詞:「む」を「ん」に変え「で」及び「だ」を接続させる。
「る」で終わる動詞:「る」を「っ」に変え「て」及び「た」を接続させる。
「う」で終わる動詞:「う」を「っ」に変え「て」及び「た」を接続させる。
韓国語の動詞形容詞の活用と遜色ないほどのややこしさだと思いました。
この活用を我々日本語母語話者はどうやって幼児期に習得するのか、とても興味深いとも思いました。

日本語を教える時には、これ以外にも分かりやすく教える方法があるはずです。
「日本語を教えて」と言われ「いいよ」と安請け負いしてしまいそうですが、このようなテクニックを体系的に知っている人から教わるのと、無知な人から教わるのとでは、その後の上達に雲泥の差が出そうだなとも思いました。
韓国語の教授法にも似たところがあり、私自身、ひとつひとつ文法を覚えた行ったのですが、そのように体系的に学ぶことは大切だなと改めて思いました。

余談ですが、あるイベントとは将棋大会でした。
私は将棋が趣味で、クアラルンプール日本人会の将棋クラブに入れてもらっています。
この11月に東京の将棋会館で世界大会が開かれるのですが、そのマレーシア代表を決める大会を行うということで、その運営に携わりました。
私はマレーシアのローカルの将棋クラブにも参加しているのですが、そのクラブの将棋仲間が代表に決まりました。
彼はまだ20歳前ですが、彼との通算の対戦成績は私の3勝6敗くらいで、私よりも強い青年です。
是非、大会では良い成績を納めてもらいたいと思います。

通信486 「日本語的な表現」伊藤耕一

【週刊ハンガンネット通信】第487号(2024年4月30日発行)

「日本語的な表現」
伊藤耕一
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4月に半年ぶりに日本に戻って、数週間を過ごしています。
聞こえてくる言葉がほとんど聞き取れるというのは、とても楽なことだと、帰ってくるたびに感じます。
その中で、日本語的だなと感じた表現について書いてみたいと思います。

歯だけは、外国で治療を受けようと思っても海外旅行保険が適用されず高額になることがあるため、一時帰国するたびにクリーニングとチェックをしてもらっています。
今回のチェックでは、幸い虫歯はありませんでした。
その時の歯科衛生士の言葉に、このような表現がありました。
「それでは、上の歯から順番に診て行きますね。」
何気ない表現なのですが、少し違和感のようなものを感じました。

このような表現を英語にすると、こんな感じになろうかと思います。
“OK, let’s check from the upper teeth.”
直訳すると「それでは、上の歯から診ましょう。」といったところでしょうか。

私が気になったのは「診て行きます」という部分です。
英語なら「診ましょう」で済むのに、この場合は「診て」に「行く」を付け加えないと、日本語では少しもの足りない印象を個人的に感じます。
皆さんは、そのように感じられるでしょうか。

ここからは、私の個人的見解ですが「診て行く」のように「診る」と「行く」の2つの動詞を繋げないと、全ての歯の検査をしてもえないような気がしました。
一方で英語は「from」があれば「check」される歯は全てであると解釈できるような気がします。

私の場合、歯の治療はつい身構えがちになる(突然、痛みやしみを感じるのではないかという恐怖に備える)ので、こんな重たいことを言われると、その恐怖が増幅されるような気がします。
なので、できるだけリラックスした状態で治療を受けたいと思います。
そんなことを考えているうちに歯のチェックは終わり、年齢の割には歯茎の出血が少なく悪くはない状態とのコメントをいただき、歯磨きのブラッシングに気を付けるようにとのお話があって診察は終わりました。

「それでは、上の歯から順番に診て行きますね。」を無理して英語に逐語訳すると、こんな感じかと思います。
“OK, I will go and check your upper teeth first.”
家に戻ってから検証のためにDeepLで日本語に訳してみると、は「では、まず上の歯を診てきます。」となりました。通じないこともないようです。

もう一度「それでは、上の歯から順番に診て行きますね。」をDeepLで訳してみると、こうなりました。
“I will now examine the upper teeth first.”
これも悪くはないと思いますが、”OK, let’s check from the upper teeth.”と比べると、少し重たい感じがします。

また「それでは、上の歯から順番に診て行きますね。」をDeepLで韓国語に訳してみました。
「그럼 윗니부터 차례로 진료해 보겠습니다.」
私は韓国で生活したことがないので「차례로」が自然な表現なのかどうか、よく分かりません。
私の第一感では「순서대로」とか「하나씩」が浮かんで来ましたし、「진료해」も今回はチェックなので「확인해」くらいかなと思っていましたが、いかがでしょうか。

自動翻訳が手軽にできるようになったのは良いことですが、翻訳結果が自然なのか適切なのかの判断は、まだ人間がしなければならないなと、そんなことを考える機会となりました。