通信598 「見間違えたハングル(文字の認識)」武井 一

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【週刊ハンガンネット通信】第598号(2026年9月14日発行)
「見間違えたハングル(文字の認識)」日比谷高校 武井 一
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長い夏休みも明けました。といっても、9月は文化祭や学校行事の多い時期なので、実質上開店休業状態になります。2期制の学校では9月の下旬に秋休みも入るのでなおさらです。そんなこんなで9月は1回授業があるかどうかという学校も出現します。この貴重な授業日に台風襲来となると、休校となる可能性もあります。

6校もやっていると、文化祭の時期も学校ごとに異なります。そのため授業の無い日や、行事準備のための短縮授業などが出現して、とても気を使う時期でもあります。

文化祭の後片付けの日に、自分の時間から授業があることに気がつかず、家で仕事をした日も。生徒も騒がず、学校全体が私が来なかったことに気がつかなかったという凄い状況が出現したこともあります。結果的にうやむやに(閑話休題)

では、10月には授業が出来るかというと、多くの学校で10月の中旬に中間考査が入るので、これもまた落ち着いて授業が出来ないという状態です。昨年は、9月から3月まで、そのようなことが重なり数えるほどしか授業が出来ない学校が登場しました。

勤務校のうち一校では、毎年、夏休みの課題としてハングルと見間違えたものを写真を撮って提出するという課題を出しています。(まじめに勉強していれば)ちょうどハングルのイメージが頭の中で出来上がり、いろいろなものがハングルに見え始める時期に重なるからです。一種の過剰反応なのですが、普遍的なようです。

というのも、私が韓国語をラジオ講座で勉強を始めた時の講師の渡辺キルヨン先生が、番組の中で「そろそろ色々なものがハングルに見え始めたのではないのですか?」と問いかけていたのです(そのタイミングでは、私はまだそうは見えませんでした)。また、神田外語大学で教員免許を採るための講座をとっていたときに浜之上美幸先生が「銀座線に乗っていると、渋谷で突然이이が見えてくるんですよね」といって笑わせていたことも思い出します。これらのことがヒントになって、夏休みの課題としています。

もうそれが出来ている生徒、むりやりこじつけている生徒、こじつけきれていない生徒、提出しない生徒など色々います。今年の例ですと、こじつけ組の場合、「oi」が「으」(なぜか立てに見て)、「01」が「이」(10を反対からみて)。「71」が「기」、「豆」が「미」、「묘」、「므」(ここまで分解出来ると一種の能力)、「im」が「트」などがありました。この場合、見間違えたより、探し出したものですが、探し出せる程度に力が付いているとも評価できます。かなり苦しいものには「喜」の草書体(七が3つ)が濃音の文字に見えるというのもありました。

出来ている生徒は「叶」が「아」に見えたというものがありました。そして、「ぱっと見たときの形が少し似ていたため、最初は『아』だと思ったが、よく見ると『叶』という漢字だった。普段はあまり意識しないような文字でも、見る角度や大きさによって別の文字に見えることがあるのが面白いと思った。特に『叶』と『아』は実際にはまったく違う文字なのに、一瞬見間違えてしまったのが印象に残った」と感想を書いていました。こうなると確実にハングルを記号ではなく、文字として認識し始めたことが分かります。そして、本人がそれを楽しんでいることも読み取れます。

実は、この課題が出来る生徒には一定の条件があります。文字の認識が普通に出来ると言うことです。つまり部品、あるいは記号でしかなかったハングルが、文字として認識できる能力があるということで、多くの人がこの条件に当てはまります。

しかし、一部の人はこれに当てはまりません。写真のように認識してしまい、そもそも部品に分解できない。横線の認識が弱く、「밥」のような場合、縦線しか認識できない。全部潰れてしまい、そもそも文字として認識できないという場合もあります。

部品に分解できない人の場合、「ㄱ」が「g」、「ㅏ」が「a」という説明がそもそも通じません。二つに分けることができると言っても、分からないのです。このような生徒の場合、ハングルデザインをやらせてみると、部品の関連性がなくなり、文字として成立しないデザインを作ってきます。

後者2つはディスレクシアの範疇に当たります(本人が気がついていない場合もあります)。私が経験した全部潰れてしまう人の場合、部活で合唱をやっていたのですが、楽譜は真っ黒くしか見えないので、録音で音を確かめると言っていました。全部真っ黒はごく少数ですが、分解できなかったり、横線など一定の線の認識が甘い生徒は比較的多く見かけます。

何れも厄介なのは、本人たちは。こちらが説明すると「分かった」と取り敢えず言ってくるのです。多分、分かっていないことに薄々気がついているのですが、とりあえずこの場は収めておこうというような雰囲気になります(だから、五分後には同じ質問をしてきます)。結果的に何とか一生懸命読もうとして上手く行かなかったり、その結果諦めてしまい、教室にいるだけという事になります。制度上辞めるわけにはいきません。そういう生徒に対して、どう指導するかはこれから研究しなければいけないと考えています。

なお、今年宿題を出した学校は、9月の期末考査(2期制)で、小公洞地下商街で撮った写真を題材にした問題を出しました。「ハングルは、現在日本ではあまりやらなくなったゲームの名前である。何か。」というもので、ほぼ全員が「ハナフダ」と読み取っていました。認知の問題は回避できているように感じます。授業では花札については一切話をしていません。ハングルを読むだけでなく、隠れテーマとして、花札に、日韓で違いがあることを伝えようとしました。こういうことにも関心を持つ生徒が出てくれば嬉しい限りです。

通信590 「意外な障害」武井 一

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【週刊ハンガンネット通信】第590号(2026年7月20日発行)
「意外な障害」都立日比谷高校他 武井 一
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7月も下旬になり夏期休業に入りました。ほっと一息ついているところです。

夏休み前までには発音の導入がほぼ終わります。残念なことに、この段階で躓く生徒が出てきます。その一つが「発音記号」(IPA)です。教科書にはよく出てくるのですが、まったく読めないからです。上位校でも同じです。中学英語で発音を重視しなくなったことと関係します。

英語の場合は母語話者でない人も話すため、母語の影響を受けて発音がかなり異なる特徴があります。チェコに行ったときにエルポルトと言われて、それがAirportのことだと分かるまでかなり時間がかかったのですが、英語では許容されます。カタカナ英語でも許容されるので、発音記号は必要ないことになります。

反切表にあるa,ja,¤.j¤…を読んでしまうので、「アジャ…次の変な記号は読めません」となります。その直前に「アヤオヨ」と練習させて音では覚えているのに、それと結びつかないのです。いくらこれは「発音記号だから読むな」と言っても、十分後には同じ質問が出てきます(同じ人から…想像以上に多いです)。仕方ないので発音記号を墨塗させて、カタカナでアヤオヨと書かせるわけです。カタカナでも読めないよりはマシです。中国語の注音符号ぐらい形が違えば、そういうものだ、覚えよう(諦めよう)になるのですが、IPAは中途半端に読めてしまうことが問題なのです。IPAは中学や高校で扱っていないので、多分大学や市民講座でも同じ現象が現れているのではないかと思います。

次に、教科書を使って読みの練習をするときに、濃音、合成母音がなかなか探し出せない生徒が一定数出てきます。反切表ですべて読めると思い込んでいるか、表があるからそれに頼り切ってしまうからなのですが(そして、再びアジャ…が始まる)、いくら「このページを見るように」と本人に話しても、再び「見つかりません」になってしまいます。

さらにパッチム。理屈から言えば、パッチムそのものの発音、濃音化、有声音化なのですが、

そもそも「聞こえない物」を真似させるのは極度に難しいです。そのときは出来ても、普段余程意識させないと비빔밥はピビンバーになってしまいます。「違う」という意識がないからです。順番を変えて濃音化か有声音化を先にやって原則とした方が上手く行くのではないかとも想像しています。ともかく「ツ」で終わることは想像出来ないのです。そう思いつつも、今年も実践出来ずに終わってしまいました。

さて、夏休み。1校では課題を出しています。①「ハングルと見間違えたものを写真に写して提出。ロトが마に見えるようなことで、そろそろ色々なものがハングルに見え始める時期になるからです。②街中のハングルを見つけて読んでみる、③韓国料理を食べる。ガチ韓国とマチ韓国(ニューカマーと在日などのオールドカマー)を食べ比べて、味の違いや町の成り立ちの違いを調べる。さて、今年はどのようなレポートが出るか楽しみにしているところです。

通信582 「高校の授業開始」武井一

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【週刊ハンガンネット通信】第582号 (2026年5月25日発行)

「高校の授業開始」武井一
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初めまして。武井一と申します。都立高校を中心に数校で社会科と韓国語を教えています。今年は全部で6校(うち韓国語は3校)です。ここでは高校での様子などをご紹介できればと思います。よろしくお願い致します。

高校での韓国語(第2外国語)は、学校の状況によって設置される学校設定科目です。設置の状況も、必修科目、必修選択科目、自由選択科目など学校によって異なります。

週2時間の選択科目とする学校が多いのですが、S総合高校のように、1年生は中国語か韓国語を選択必修(週1時間)、2年生、3年生にも選択科目として韓国語を置いていて、3年間学び続けられる学校もあります。 

選択科目だから、全員が熱意を持って取り組んでいるかというと、そうでもなく、卒業単位をとるためにだけ選択してくる人も意外に多いです。途中で熱意を失ったが、学校の授業は途中放棄ができないので、仕方なく出席している人もいます。そんなこんなで、授業が成り立たないクラスが出現することもあります。

でも、それでも良いのです。高校は「後期中等教育」を行う所です。専門家養成ではなく、学校の活動を通じて人格形成を目指すことが目的です。韓国語の授業もその目的の中で行われます。社会科を教えていて、全員が社会科の専門家になることは目指しません。韓国語も同じなのです。

教えた生徒の中には、高校での韓国語の授業がきっかけとなって、大学で韓国語を専攻する人もいます。さらに仕事に結びついた人もいます。一方で韓国語を勉強して、語学の面白さに目覚めて、今は中国語を勉強している人もいます。国語や英語の力が上がったとか、韓国の文化に関心を持つなど様々な生徒がいました。一番避けたいのは、二度と韓国語に触れたくないと思われることです。そう言っていたのに、仕事で韓国語に触れることになって、高校の時の経験が今になって役立ったという人もいます。

韓国語を教えることはもちろんですが、それは、これから巣立つ人にとっての「触媒」なのです。どういう『化学反応』が起きるか、楽しみながら授業をしています。そして、卒業してから、『反応』の結果を聞けることも楽しみにしています。

長くなりましたので、今日はこの辺にして、実際の授業の様子や、感じたことは次回以降に書くことにしたいと思います。