通信594 「ㄹが逃げる!」 伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第594号(2026年8月17日発行)
「ㄹが逃げる!」 伊藤耕一
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先日は生徒の立場で生成AIに尋ねてみましたが、今回は教師の立場で生成AIに質問してみました。
尋ねたのは「ㄹ変則活用の教授法」です。
先日、AIに「ㄹ変則活用を分かりやすく説明してください」と聞いてみました。

すると、「ㄹの後ろにㄴ・ㅂ・ㅅが来たら、ㄹが逃げる!」という説明が返ってきました。

「ㄹが逃げる」これはなかなか面白い表現だと思いました。

このことを教える時、私はこれまで「ㄹ語幹の後ろにㄴ・ㅂ・ㅅが来ると、ㄹが脱落する」と説明することが多かったと思います。

ただ、韓国語を始めたばかりの人に「ㄹ語幹」と言っても、「語幹って何ですか?」ということになり、語幹の説明が必要になりそうな気がしました。

「脱落」という言葉も当たり前のように使っています。

さらにAIに深掘りしてもらうと、次のような説明が返ってきました。

「ㄹの後ろにㄴ・ㅂ・ㅅが来たら、ㄹがなくなります。」という説明を提示してくれました。

さらに、「ㄹの後ろにㄴ・ㅂ・ㅅが来たら、ㄹが逃げる!と言えば、もっと印象に残るでしょう。」と。

改めて「ㄹが脱落する」と言われると、文法書に書いてある知識のように感じます。

一方、「ㄹが逃げる」と言われると、頭の中にちょっとしたイメージが浮かびます。

「ㄴが来た、ㅂが来た、ㅅも来た。これは大変だ。逃げよう。」と、ㄹが逃げていくわけです。

良い表現かどうかは分かりませんが、こういう説明の方が覚えやすい人もいるでしょう。

AIから「逃げる」という新たな説明方法を教えてもらい、とても勉強になりました。

今回は、かなりの部分をAIに書いてもらいました。いつもの通信とは少し違った文章になったかもしれませんが、いかがだったでしょうか。

通信593 「ハンガンネットセミナー&納涼会」幡野泉

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【週刊ハンガンネット通信】第593号(2026年8月10日発行)
「ハンガンネットセミナー&納涼会」 アイケーブリッジ外語学院 幡野泉
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先生方、アンニョンハセヨ? 先日、こちらのメーリングリストで、
9月末に幡野&三進トラベル様で実施する中国吉林省朝鮮族自治州ツアーの
ご紹介をしました。多くの先生方からの反響があり、当初定員15名の
予定のところ25名に変更し(中型→大型バスに変更)追加募集を
受付けています。よろしければ、ぜひご一緒しましょう(^-^)。
(ツアー詳細「三進トラベルHP」)
https://www.sanshin-travel.com/tour/25033

さて、8/8(土)に、ハンガンネットセミナー&納涼会を実施いたしました。
前半は、デジタル庁公認デジタル推進委員「セマネの掃除屋さん」にご登壇
いただき、ネット利用の注意点などを伺いました。講師の先生は実際に
画面越しでお会いすると「いい人オーラ」満載で、阪堂先生がぜひセミナーで
話を聞かせてもらいたいとお願いした理由が分かりました。阪堂先生との
対談形式で進み、とても分かりやすくお話を進めていただきました。

後半はグループに分かれての座談会でした。私のグループには、
20~30人ものの受講者(対面)のいるクラスを週に7つ受け持っている
という先生や、100人以上の受講者にオンラインで講義をすることがある
という先生がいらっしゃり、それぞれの状況や悩みを伺ったりしました。

授業で扱う内容、使うツール、レッスン技術……、これだけの人数や量に
なると悩みは尽きず、実際の現場は試行錯誤の毎日、そして孤独でお辛い
こともあるだろうなと推測しました。

グループの中で、使うツールや技術についてご自身の経験を
シェア&アドバイスしてくださる先生がいらっしゃり、
少しでも何かのヒントや前に進む気持ちを持っていただけたらなと思いました。

阪堂先生、前田先生がおっしゃっていましたが、やはり交流は大切ですね。
また次回、集まれる日を楽しみにしています。

通信592 「ミレマガ5000号に思う」前田真彦

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【週刊ハンガンネット通信】第592号(2026年8月3日発行)

「ミレマガ5000号に思う」ミレ韓国語学院 前田真彦=================================================

ミレ韓国語学院のメールマガジン(ミレマガ)が今日5000号を迎えた。

2012年11月からほぼ毎日発行して、13年半、毎朝7時に発行して来た。登録者は有料版・無料版合わせて約3200人。昨夜は、その交流会だった。

5000号に当たって私自身を振り返り、改めて確認できたことも多い。

中学校の国語教師をしていた時に、最初に担任した中学1年生をそのまま持ちあがって中3の秋に、このままこの子たちとお別れをするのは寂しすぎる、何かしないと、と感じて「かみひこーき」という学級通信を発行し始めた。文字通り、一方通行のラブレターだった。

卒業まで毎日。

それからは、担任したクラスごとに、キャッチボール、언제나、같이、무지개、비빔밥、など毎年名前を変えながら毎日発行した。その他にも教科通信、図書館通信、いろいろ発行した。

自分をさらけ出し、国語以外のことも語った。

ミレマガもその延長線上にある。

韓国語講師は、韓国語を教えるだけの講師ではいけない、という思いがある。

中学校の教師は、教科指導以外に、給食、掃除、運動会、合唱コンクール、遠足、キャンプファイヤー、クラブ活動・・・指導内容は多岐にわたる。

韓国語講師も、学習法を語り、(勉強の)雨の日の過ごし方を語り、人生を語り、子育てを語り、ダイエットを語り、映画・ドラマを語り、ピビンパプの混ぜ方、嫌韓のあしらい方まで、自分なりの思いを語りかける講師でありたい。

ミレマガは、受講生に動画(YouTubeは5200本)を届け、学習情報、講師が曜日によって分担する学習コラム、生活雑感、まさに雑多だ。ミレマガはミレの講師を巻き込んでミレの総力戦で取り組んでいる。

昨夜の交流会では、いろんな意見が出て楽しかった。

学習コーナーを毎日ノートに取っている人もいれば、私の体重をチェックして、体重が上がるのを喜んでいる人、編集後記やミレマガクイズをチェックしている人、スルーして見ない日がほとんどだが、毎日届くので安心という方もいた。

中学校と違って、社会人でオンラインだから、なおさら「ゆるやかにつながっていること」が大切だ。ゆるやかに、だけど毎日つながることの大切さを改めて感じた。

これからも、地道にゆるゆる続けていきたい。

通信591 「上級向けの本を2冊担当しました」ペ・ジョンリョル

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【週刊ハンガンネット通信】第591号(2026年7月27日発行)

「上級向けの本を2冊担当しました」株式会社HANA ペ・ジョンリョル

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会社を20年以上経営していますが、自分は経営者に向いていないと思うことが多い一方で、本を作るのは今も好きで、締め切り仕事ゆえの苦しい経験を何度経験してもこの仕事が嫌になったことはたったの一度もありません。

社内に編集長がいる今でも、「社長案件」と称してたまに本を担当することがあります。ただし、編集作業に集中できる時間はそれほど多くないので、期限を定めず、進められるときに進めて手が回らないときは待っていただく、場合によっては外部の編集者にお願いする。そんなわがままを著者の方に許していただいています。

HANAでは、新刊を1カ月に1冊出すことにしているのですが、小さな会社なので予定どおりに本が出ないと資金繰りがたちまち苦しくなることがあります。そのため経営者としての立場からは、発売スケジュールを守ることの大切さについて、普段から口うるさく社員に強調しています。

実はこの7月、久しぶりに自分で2冊の本を担当して、ほぼ同じタイミングで校了しました。

だいぶ前に7月の新刊に穴が空くことが分かったので、ゆっくり進めていた自分担当の本のピッチを上げてそこに滑り込ませようとしました。急いで進めてみたところ、それも間に合わないかもしれないということになり、間に合いそうな別の本をもう1冊進めることにしました。その後、どちらも大きく遅れることなく、どちらも7月に間に合いそうな感じになったので、欲を出して同時進行を続けることになりました。こんないきさつで、自ら2冊かぶってしまったのです。

社長業もほったらかして本の方に集中することになり、なかなか大変な思いをしたのですが、結果的になんとか2冊とも期日に間に合わせることができました。

しかし無理をしすぎたせいか、校了の数日後に尿管結石が再発しました。「世界三大激痛」のあれです。会社でしかも夜だったので対処のしようもなく、救急車で病院に搬送されることになりました。

トップの人が病気や寝不足でも頑張る話は特に最近ウケが悪いのでこれ以上書きませんが、今回のケースも(痛いのは自分だったとはいえ)人を管理する立場として褒められた話ではないと思いました。

社長にとって手元の資金が減っていく恐怖は20年会社をやっていても変わりがありません。それが上記の無理をした根本的な原因なのですが、本を作ることで穴埋めするのではなく、資金を手当する方向で対応すればよかったのでしょう。制作に集中し始めると、逆に銀行からの借り入れ準備などに手が回らなくなります。こんな割り切りができないことも、自分が経営に向いていない部分だと思います。

さて、完成した2冊のうちの一つは536ページの『韓国語の重要文型180 中級・上級レベル』という本です。企画から4年かかってしまい、当初予定していた印刷所には「496ページを越える本はうちではもう扱わなくなった」と言われ、用紙代もこの間に大幅に上がりかなり予算オーバーしました。期限を定めずノロノロ進行すると、こういう問題も生じますね。でもなんとか刊行にこぎ着けられたので喜びはひとしおです。

もう1冊は、本ネットワークの世話人を務めていらっしゃる前田先生の『韓国語のディクテーション&音読トレーニング』です。こちらは2014年に出た本の改訂版で、一部ページをカラーにする、用紙を薄く柔らかくする、QRコードで音声再生ページに直接アクセスできるようにするなどの改良を加えました。

しばらく上級向けの本が出せていませんでしたが、6月の稲川右樹先生の『ネイティブっぽい韓国語の話し方』に続き、上級本を久しぶりにHANAから出すことができたのがうれしいです。

『韓国語の重要文型180 中級・上級レベル』

『韓国語のディクテーション&音読トレーニング』

通信590 「意外な障害」武井 一

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【週刊ハンガンネット通信】第590号(2026年7月20日発行)
「意外な障害」都立日比谷高校他 武井 一
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7月も下旬になり夏期休業に入りました。ほっと一息ついているところです。

夏休み前までには発音の導入がほぼ終わります。残念なことに、この段階で躓く生徒が出てきます。その一つが「発音記号」(IPA)です。教科書にはよく出てくるのですが、まったく読めないからです。上位校でも同じです。中学英語で発音を重視しなくなったことと関係します。

英語の場合は母語話者でない人も話すため、母語の影響を受けて発音がかなり異なる特徴があります。チェコに行ったときにエルポルトと言われて、それがAirportのことだと分かるまでかなり時間がかかったのですが、英語では許容されます。カタカナ英語でも許容されるので、発音記号は必要ないことになります。

反切表にあるa,ja,¤.j¤…を読んでしまうので、「アジャ…次の変な記号は読めません」となります。その直前に「アヤオヨ」と練習させて音では覚えているのに、それと結びつかないのです。いくらこれは「発音記号だから読むな」と言っても、十分後には同じ質問が出てきます(同じ人から…想像以上に多いです)。仕方ないので発音記号を墨塗させて、カタカナでアヤオヨと書かせるわけです。カタカナでも読めないよりはマシです。中国語の注音符号ぐらい形が違えば、そういうものだ、覚えよう(諦めよう)になるのですが、IPAは中途半端に読めてしまうことが問題なのです。IPAは中学や高校で扱っていないので、多分大学や市民講座でも同じ現象が現れているのではないかと思います。

次に、教科書を使って読みの練習をするときに、濃音、合成母音がなかなか探し出せない生徒が一定数出てきます。反切表ですべて読めると思い込んでいるか、表があるからそれに頼り切ってしまうからなのですが(そして、再びアジャ…が始まる)、いくら「このページを見るように」と本人に話しても、再び「見つかりません」になってしまいます。

さらにパッチム。理屈から言えば、パッチムそのものの発音、濃音化、有声音化なのですが、

そもそも「聞こえない物」を真似させるのは極度に難しいです。そのときは出来ても、普段余程意識させないと비빔밥はピビンバーになってしまいます。「違う」という意識がないからです。順番を変えて濃音化か有声音化を先にやって原則とした方が上手く行くのではないかとも想像しています。ともかく「ツ」で終わることは想像出来ないのです。そう思いつつも、今年も実践出来ずに終わってしまいました。

さて、夏休み。1校では課題を出しています。①「ハングルと見間違えたものを写真に写して提出。ロトが마に見えるようなことで、そろそろ色々なものがハングルに見え始める時期になるからです。②街中のハングルを見つけて読んでみる、③韓国料理を食べる。ガチ韓国とマチ韓国(ニューカマーと在日などのオールドカマー)を食べ比べて、味の違いや町の成り立ちの違いを調べる。さて、今年はどのようなレポートが出るか楽しみにしているところです。

通信589 「取り扱い単語」日下隆博

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【週刊ハンガンネット通信】第589号(2026年7月13日発行)
「取り扱い単語」 ワカンドウ韓国語教室 日下隆博
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最近は、TikTok Liteを開き自動スクロールにしておくと次々に韓国語講師の授業や韓国語学習素材が流れてくるようになりました。

様々な先生のアイデアと努力の成果をお手軽に無料で見られる毎日です。

目を引く点はいろいろありますが、やはり現れたという感じなのが、NHK放送など地上波教育番組では何年経とうと絶対に取り上げない韓国語単語ばかりを紹介するコンテンツです。具体的には書きませんが語学書籍の出版社も決して書籍化することはない単語ばかりかと思います。一方でこうした単語を知りたかったという学習者も少なからずいることでしょう。またこうした単語を扱って口にできるキャラクターも限られるでしょう。今のところ唯一無二のコンテンツかもしれません。

このコンテンツでは日本語から韓国語訳を紹介していますが日本語のほうは一部伏せ字にしているのもおもしろいところでしょうか。

ところで、ハングル入門授業で濃音の文字を説明したのち「それでは次の単語を読んでみましょう」と提示する単語に、みなさんは 뽀뽀 を取り上げますでしょうか。

私は主婦層のクラスでは取り上げているのですが、高校生対象のクラスではこの単語を取り上げないでいます。

この話を韓国語ネイティブ女性講師にしたところ「高校生こそ取り上げますよ。はい 뽀뽀! とか日常で使うでしょう。主婦が 뽀뽀 なんていつ使いますか?」という回答が返ってきました。

別の韓国語ネイティブ先生は「さっきから 뽀뽀 뽀뽀 言いすぎです」という一言を発し笑いに包まれました。

また別の日に日韓バイリンガルの青年に同様のことを訊いてみました。

すると「自分も日本の高校生には 뽀뽀 は避けるでしょうね。뽀뽀 をチュチュとかの日本語に訳すとニュアンスが違いすぎて誤解を招くかもしれませんよね」という回答でした。

みなさんの場合はいかがでしょうか?

通信588「分断の時代に、ことばを教えるということ」田附和久

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【週刊ハンガンネット通信】第588号(2026年7月6日発行)

「分断の時代に、ことばを教えるということ」 田附 和久
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今から20年ほど前、2000年代の韓国に生きる人が、2026年の現在の韓国にタイムスリップし、先週のテレビニュースを見たとしたら、どのような感想を抱くでしょうか。おそらく、毎日驚かされることばかりだったのではないでしょうか。

まず、2002年の日韓共催ワールドカップで韓国のベスト4進出の立役者となり、国民的英雄となった洪明甫(ホン・ミョンボ)が、2026年大会では敗軍の将として国を挙げての批判の矢面に立たされ、さらにはその就任人事をめぐって警察が捜査に乗り出す事態となっていることに、大いに驚いたことでしょう。

高校野球の試合で、光州民主化運動の犠牲者や光州市民を侮辱するようなヤジが観客席の高校生から飛んだというニュースにも、驚かされたのではないでしょうか。1990年代後半以降、事件発生から20年近い歳月を経て、ようやく責任者の処罰や犠牲者の名誉回復が果たされたというのに、それからさらに20年後には、事件の意味を次世代に正確に伝えられず、むしろ嘲笑の対象にされてしまった。その事実には、驚かされると同時に、深い悲しみを覚えたかもしれません。

地方選挙での投票用紙不足に端を発した抗議デモに、罷免・逮捕された前任大統領を支持する人々も加わり、太極旗だけでなく星条旗まで振っている姿を見れば、驚きを通り越し、もはや理解不能だと感じるのではないでしょうか。そもそも、その前段階にあった現職大統領による戒厳令宣布という事件が、民主的な選挙制度が実現してから40年も経った韓国で再び起きたという事実そのものを、信じてもらえないかもしれません。

2000年に金大中大統領と金正日委員長の対面を目撃した人々が、当時よりも悪化し、もはや南北双方で「統一」という言葉が語られなくなってしまった現在の南北関係を見たとき、口から出るのは驚きの声ではなく、むしろ諦めのため息でしょうか。

さて、2026年に起きているこれらの事象の背景に共通して見て取れるのは、社会の分断です。特権を持つ階層と持たざる民衆との分断、歴史認識の違いに基づく分断、既存世代と青年層との分断などです。そして、インターネット上のコミュニティは、それらの分断をいっそう促進し、深めています。

とりわけ深刻なのは、世代間の分断ではないでしょうか。この20年、韓国は半導体産業の発展や、K-POP、韓国ドラマなどのコンテンツの世界的ヒットにより、経済的には成長し、先進国としての地位を高めてきました。その一方で、財閥と中小企業の格差は拡大し、若年層の雇用不安、非正規雇用の増加、世界最低水準の出生率などが大きな社会問題となっています。この20年の間に生まれてきた若者たちの多くは、未来に明るい希望を抱くことが難しい状況に置かれています。

このように、人々の間の分断や分極化が社会に深刻な影響を与えているのは、韓国に限ったことではありません。程度の差こそあれ、今日、世界の各地で見られる現象だと言えるかもしれません。私たちは今、まさに分断の時代、分断の世界を生きています。

この分断の時代に、自らの母語ではない言語を学んだり、教えたりすることの意義を、あらためて考えさせられます。よく言われるように、ことばは人を殺す刃となることもあれば、人を励まし、勇気づけ、生きる力を与えるものにもなります。ことばによって互いを傷つけ合うこともある一方で、分かたれた人々を結びつけることもできます。

言語を学ぶ動機は人それぞれですが、できることなら、教室で学ばれる言語は、人と争い、人を傷つけ、命を奪うために用いられるのではなく、人を勇気づけ、人と人との和解を促すために用いられてほしいと願わずにはいられません。

分断の時代に働く語学教師にできること、求められることは何でしょうか。まず、はじめの一歩として、小さなことかもしれませんが、学びの空間を、そこに集う誰もが傷つくことなく、安心して過ごせるセーフスペースにしなければならないと強く思います。そのような空間で学んだことばこそが、人を傷つけないことばとなるのではないでしょうか。

教室もまた、分断の世界と地続きです。私たちが気を緩めれば、教室の中にもすぐに分断が生じてしまうかもしれません。そうならないために、まず教える立場にある私自身の中に、人と人との間に不必要な線を引き、分断の種を蒔く危険性がないかどうかを謙虚に問い続けたいと思います。そして、自分自身の世界観を常にアップデートするために、学び続ける姿勢も必要であると感じます。

最後は少し抽象的な話になってしまいましたが、今日の分断を乗り越え、今から20年後には、若い世代が未来への希望を抱いて生きていける社会となっていることを願いつつ、身近なところでできることから、一つずつ取り組んでいきたいと思います。

通信587 「大学初修韓国語におけるハングル導入法について①」加藤慧

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【週刊ハンガンネット通信】第587号(2026年6月29日発行)

「大学初修韓国語におけるハングル導入法について①」 加藤 慧
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先日行われた仙台韓国教育院主催の韓国語教育者シンポジウムで、『大学初修韓国語におけるハングル導入法について―英字表記とタイピング練習の併用を中心に―』というテーマで実践報告を行いました。 現代の学生のニーズ(SNSや推し活)に合わせた導入の一例として、先生方の日々の授業づくりの参考になればと思い、こちらでも数回に分けて内容を簡単に共有させていただきます。

【はじめに:多様化する学習動機と初期の壁】
近年のK-POPや韓国ドラマの流行に伴い、大学の韓国語初修クラスにおける受講動機は多様化しています。従来の資格取得や留学だけでなく、「SNSで推しの投稿を読み、自分でコメントを書きたい」といった、日常的に文化や趣味を楽しむことを目標とする学生が急増しています。

しかし、日本語を用いた間接法の指導環境下では、見慣れない「ハングル」そのものが初期の大きな心理的障壁となり、学習意欲の低下やドロップアウトを招くという課題があります。

そこで、この心理的障壁を下げ、学習の定着率を高めるための「英字表記(ローマ字)」と「タイピング」を掛け合わせた導入方法を提案します。

【日本語母語話者の心理的障壁と既存指導法の限界】
日本語母語話者にとって韓国語は、語順や助詞の使い方が極めて類似した非常に学習しやすい言語です。しかし、初学者が最初に直面するのが、日本語の文字体系とは全く異なる幾何学的な形状を持つ「ハングル」の壁です。

この障壁を回避するため、これまで以下のようなアプローチがとられてきましたが、それぞれに限界がありました。

カタカナ表記の弊害:市販の入門書でよく見られますが、音素の混同や、日本語の開音節構造に起因するパッチムへの不要な母音挿入などの弊害が生じるのは周知の通りです。

発音記号(IPA)併記の限界:大学の教科書で一般的ですが、記号(例:ɔ, ʌ, ə, ts/dz)自体が馴染み薄く、解読に余計な認知負荷がかかってしまいます。イメージに引っ張られ、不自然な発音(「야 [ja]」を「ジャ」、[tsa/dza]」を「ツァ」あるいは「ズァ」   と発音するなど)を誘発するケースも実際に散見されています。

そこで今年度から、こちらでも以前触れた英字表記を積極的に活用してみることにしました。大韓民国が2000年に告示した「国語のローマ字表記法」を採用します。

これは、現代の韓国における地名(例:Seoul、Incheon)や人名で実際に使われている「生きた表記」です。「ㅓ = eo」「ㅡ = eu」といった文字列は、K-POPアーティストの名前やSNSで学生が日常的に目にしています。実社会や学生の興味(推し活)と地続きであるため、自発的なモチベーションを引き出せるというメリットもあります。

次回はその具体的な内容について書いていきたいと思います。

(②へ続きます)

通信586「言語の勉強」伊藤耕一

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【週刊ハンガンネット通信】第586号(2026年6月25日発行)

「言語の勉強」伊藤耕一
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マレーシアから帰国して間もなく2年になります。
振り返ると、マレーシアに行くことが決まったのが2020年、そこからマレー語の勉強を始めて足掛け6年が経ちました。
コロナの影響で渡航は2021年の12月になり、約3年間をマレーシアで過ごしました。
それまでのおよそ4年間で、3歳児レベルの語学力(自分の言いたいことはだいたい言えるが、相手の言うことは分かる時と分からない時がある)になったと思っています。
その後も時間を見つけてはSNSにマレー語で投稿したり、時々友人と話をしたりしてきました。

今は頭の中で簡単なマレー語作文をしては、分からない単語があると調べて、作文にあてはめてといったことをしています。
これは学生時代に英語や韓国語でもやっていたことです。
頭の中で作文すると、それがスラスラと喋れそうな気がするのですが、実際にアウトプットをしてみると作文した文章とは違うことを言ってしまったり、発音を間違えたりしたことが学生時代にはよくありました。

私のマレー語は、今その段階にあります。
口から出た後に気付くのですが、そのようにして間違えた文章は強烈な恥ずかしさと共に次には絶対に間違えないぞという気持ちが沸き上がり、本当に少しずつですが徐々に上達してきたように思います。

学生時代はSNSや翻訳ソフトがなかったので、話すくらいしかアウトプットする機会がありませんでしたが、今は翻訳ソフトでチェックしてSNSに投稿することができます。

先日、スーパーでマレーシアのお菓子が売られているのを見つけ、こんな投稿をしました。
Saya jumpa snek manis dan sedap Malaysia di Jepun satu lagi.
(私は、また、マレーシアの美味しくて甘いお菓子を日本で見つけました。)
最初は、このように作文しました。
Satu lagi, saya jumpa snek manis dan sedap Malaysia di Jepun.
(それからもう一つ、日本でマレーシアの甘くて美味しいお菓子を見つけました。)
Google翻訳では、このように訳出されます。

日本語では「また」が最初の方に来るので「satu lagi」を最初に持ってきましたが「それからもう一つ」は意図しない意味でした。
そこで「satu lagi」を最後に持ってきたらこのような訳になりました。
(日本でまた別の甘くて美味しいマレーシアのお菓子を見つけました。)
数ヶ月前に別マレーシアのお菓子を日本でみつけて、今回再び別のお菓子をみつけたので、後者の方がしっくりくる訳文だと思い、これを投稿してみました。

副詞の位置関係の違いでどれほどの意味の違いがあるのかを判断する力はありませんが、Google翻訳を信じれば多少の推敲ができそうな気がしています。
いちおうマレー語を自分の力で書いてみて、その後チェックするようにしていますが「私は、また、マレーシアの美味しくて甘いお菓子を日本で見つけました。」をGoogle翻訳で訳したらこんな素晴らしい文章が訳出されました。
Saya juga menemui beberapa makanan Malaysia yang lazat dan manis di Jepun.
これはとても整ったマレー語で私が知らない単語が使われています。
今の私の実力では書くことのできない文章です。
あと何年勉強すればこんな文章が書けるのかと思うのですが、このような試行錯誤をもうしばらく続けてみようという気持ちになりました。

便利な世の中になったので、学校の外国語作文の授業では翻訳ソフトを使って作文する学生さんがいるような気がします。
しかし、試行錯誤のない語学の勉強は本当の力には繋がらないように思います。
自分で考えて試してみて、間違ったら直し、改善のアドバイスがあったら素直にそれを受け入れるようなやり方が上達の王道ではないかと改めて感じました。